0人が本棚に入れています
本棚に追加
『次の信号を左に曲がってください。あと30分で到着です』
仕事帰りの昂ぶったままの耳に届いた単調な女声。人工音声に従い作業的にウインカーを点滅させる。ほの暗い車内にこだますメトロノームのようなオレンジの光は、ギラギラと眩しいオフィス街の十字路で個性もなく弱々しく瞬いた。
車通りの隙を見つけてサッとハンドルを左へ。併せて表示された地図もグルリと回った。
『このまましばらく直進してください』
ネクタイを緩めて溜息を一つ。
緊張はしていないが、安堵もしていない。
乾いた喉を唾で潤し、ハンドルを握り直す。
いつも通りの帰路が、いつも通りの案内とは限らない。ひたすらに制限速度を守りながら、ひたすらにアクセルを踏み込む。
『次の信号を右に曲がってください。あと25分で到着です』
指示に従い右へ曲がる。減速の遅れを取り戻すように再び制限速度まで加速。
『このまましばらく直進してください』
忙しなく流れる夜の街灯へ目を向けていると、急に飛び出してくるコンビニの看板。
見えてきた駐車場に車を止めて降車。
『進路がそれました。もとの道に戻ってください』
店内を足早に一周して、安い弁当と冷水を購入して再び車へ。
『進路がそれました。もとの道に戻ってください』
その声は、停車中ずっと響き、もとの道に戻ると満足するかのようにピタリと止んだ。
黙れと怒鳴って機械と喧嘩をするほど寂しいモノもないだろう。
『このまましばらく直進してください。あと10分で到着です』
林立していたビルは次第にその数を減らし、気が付けば校外に。走るにつれて減る明かり。
『次の信号を右に曲がってください。あと5分で到着です』
その指示に逆らいハンドルを左に切る。二車線の国道から一車線の県道へ入ればもう真っ暗闇だった。
『もとの進路に戻ってください。あと5分で到着です』
ややもしないうちに自宅に到着した。
『もとの進路に戻ってください。あと5分で――』
まだ案内を続けるカーナビを無視してエンジンを切る。荷物を持って車を下りる。
不意に零れる溜息。
まったく近場で殺しなんてするもんじゃないな。忠実な犬畜生のように盗んだ車は毎回オレを現場へ案内しやがる。さっさと今日殺した奴の車に乗り換えよう。
最初のコメントを投稿しよう!