第一章 全ての始まり

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フゥラはクリス達と別れ、一直線に群れへと向かった。彼女の攻撃範囲に入る寸前でようやく群れのうちの一体が彼女の存在に気が付いた。しかし時すでに遅し、群れの化け物達がフゥラを視認するのは、彼女が無数の小さな鉄球を撃ち出した後だった。 鉄球は音速を越えるスピードで撃ちだされ、一直線に群れへと襲い掛かる。フゥラは最初の一撃に手持ちの全ての鉄球を使った。その理由はいくつかあるが、彼女にとって撃ちだすものは鉄球である必要がないということが最もな理由だ。鉄球は革袋にたっぷりと入っていたため、その攻撃範囲は群れの全域をカバーすることが出来ていた。特に手前にいた個体へはいくつもの鉄球が命中する。その攻撃だけで手前の4体は既に行動不能なレベルのダメージを負ったようだ。その光景を見て群れは一気に臨戦態勢へ入る。フゥラの視界に入った敵の総数は12.そのうち4体は既に行動不能なため、残り8体をどうにかしなければならない。セオドールは時間を稼ぐだけでいいと言っていたが、この時フゥラは、自分なら何とか出来るだろうと考えていた。従って必然的に倒すことを前提とした立ち回りとなる。 「はぁっ!!」 フゥラは鉄球を放った後、今度は自分自身に加速をかけて、渾身の蹴りを群れの1体へ浴びせかける。こんな小娘にそんな芸当が出来ると思っていなかったのか、その個体はその攻撃をモロに食らってしまい、その巨躯が数メートル後ろまで蹴り飛ばされていく。しかしそれは致命打にはならなかったようですぐに立ち上がる。そして群れの化け物たちはフゥラを見て口々に叫ぶ。 「ウマソウ!」 「ウマソウナコムスメダ!」 「ウマソウウマソウ!」 「アシハオレニクレヨ?」 などと仲間がやられたことなど気にも留めず、目の前の餌をどう分けるかしか考えていないようだった。フゥラはその知性の低さに呆れながら先ほどの個体の眼前で圧縮空気を爆裂させる。人間なら頭が吹き飛ぶほどの威力の爆発を受けて化け物の顔が吹き飛ぶ。化け物はよろよろと動き、辛うじて生きているものの既に外界を知覚することは困難なようだ。 「残り7体」 何気なく彼女がそう言った時、化け物のうちの1体が大口を開けて空気を吸い込み始めた。それに呼応するように他の個体も次々と同じことをし始める。何かする気であることは明白であったが、何が来るのかフゥラには分からない。そのため彼女が出した答えはやられる前にやる、だった。 (ここで使うべき…かな!) フゥラはある魔法の詠唱を始める。魔法は詠唱無しで発動出来るものが大半だが、何か大掛かりなものになると詠唱が必要になってくる。単純に規模が大きすぎるものは想像しにくいため、手順通りにイメージを沸かせることで想像力に頼らない安定した魔法の発動を実現するための措置だ。彼女はいくつかそういった魔法を知っており、これから使うものもその一つだ。しかしこういった魔法は一度に大量の魔力を消費してしまう諸刃の剣である。うまく事を収められなければ使い手は窮地に陥る。しかしこの状況で先手必勝を考えるのなら、先に使ってしまうべきだと考えたのだろう。彼女は広範囲に破壊を齎す魔法の詠唱を始める。 (そよ風を束ねよ。束ねた風は嵐となる。嵐の力を感じよ。力を圧縮し己の物とせよ。我が掌に回るは嵐。力を解放すればそれらは元のそよ風へと戻る。全ては巡り流れる。その流れに狭き経路を作れ) 「発動せよ!ヒエラルキア・キュリオテテス・フーガ!」 フゥラが叫ぶと同時に、彼女の正面45度の範囲に暴風が吹き荒れる。そのあまりに強い風は、地を剥がし草木を根こそぎ巻き上げる。それらは嵐とともに化け物へ襲い掛かり、ある者は下敷きになり、またある者は引き裂かれる。彼女から放たれる強い魔力の奔流が霧散したとき、そこにはただ不自然な形に抉れた地面が残るだけだった。まるでそこを何かが通り抜けたかのように大地に壁を作っていた。あまり使う機会のない魔法を使ったためか、彼女は肩で息をしながら膝を付く。彼女としてはいっそここで寝転がりたいくらいだった。周りに敵の気配もないしそうしてしまおうか、そう思った時だった。 「うっ!?」 ガツンと背後からフゥラの身体に非常に強い衝撃が走る。彼女はそのまま何メートルも吹き飛ばされ、自身の魔法が作り上げた壁に身体を打ち付ける。その時の衝撃で何本かの骨が折れたのが彼女には分かった。灼熱のような痛みが身体中を駆け巡るがそれに悶えている暇がないことは彼女にも分かっていた。自分をこんな目に合わせた張本人がこちらへ近づいてくるのが分かるのだ。しかもそれは人ではない。あの化け物だ。 「がはっ…!っく……あっ…!!はぁ…はぁ…」 「アレ?シンダ?ネエシンダ?」 「ナニシテルンダ。オレモウイッカイアレミタカッタノニ」 ケタケタと不快な笑い声を上げながらそれが近づいてくる。ズシン、ズシンとわずかに大地が揺れる音が、フゥラにとってはまるで彼女の命のカウントダウンのように感じられた。セオドールの前では格好つけていたが、いざ死に直面するとあの時のような覚悟はもう胸に浮かばない。彼らがいないことをいいことにフゥラは死に怯えた。 「いやぁ……私……死にたくない……まだ……嫌だよ…」 さっきまで化け物を圧倒していた少女とは思えない情けない声を上げながら、まだ辛うじて動く腕を使って化け物から逃げようとする。その様子を見て化け物はゲラゲラと笑う。 もうすぐそこに化け物はやってきていて、それらはフゥラを嘲りながら見下ろしていた。 「ナンダアレ。ニゲテイルツモリナノカ?」 「ダッセー!オトナシクシネ!」 死ねと言った方の化け物がフゥラの身体を踏みつける。満身創痍の身体は耐えきれず、腰骨が砕け、内容物がブチブチと潰れる。痛みを越えた痛みに声を出すことも出来ず、フゥラはただ苦しみに悶えた。喉の奥から鉄のような味のする液体が噴き出す。不幸なことに意識はまだハッキリと保たれており、化け物が自分の足を掴んで握りつぶす感覚を彼女は味わう。 「ああああっ!!!ああああああああああああ!!!!」 口からようやく出た言葉は言葉にならなかった。経験したことのない痛みに身体が言うことを聞かず、無意味に痙攣を繰り返し始める。その後化け物達が誰がどの部位を食べるか話始めた辺りでフゥラの意識が遠くなる。ようやく薄れ始めた意識の中で、ああ、自分は死んでしまうんだな、と彼女は思った。もっとやりたいことがあったなあ、とかなんでこんなところで死んでしまうのかなあ、とかいろいろなことが頭の中を駆け巡った。そして最後にセオドールは無事に街へ辿り着けたかなあ、クリスにはもうちょっと優しくしてあげてもよかったかなあ、とフゥラは二人のことを考えた。 「セオドール…会いたい…」 最期に見るのは彼の顔にしたかった。しかしそれは叶わない願いだ。今彼女は陽の傾き始めた青空を見ていた。空は彼女の心を慰めるようなものを何も映さなかった。これが最期の景色か、いつも見ていた空はこんなにも残酷な色だったかな、と彼女は思う。フゥラは諦観を受け入れ、ボーっと空を見上げていた。ふとその空に流星が見えたような気がした。流れ星にお願い事をすると叶えてくれるんだっけ、じゃあどうか「二人が無事でありますように」。そんなことを考えたところで彼女の意識は途切れた。 クリス達は街道から少し外れた畦道を走っていた。前方はちょっとした林になっており、視界は良くない。街道ではそろそろフゥラが敵に接触するはずだ。ここからではその様子は分からないが、今は彼女を信じてただ走り続けた。少し進むと街道の方で大きな土煙が上がるのが分かった。彼女が攻撃を仕掛けたのだろう。もしかするとあれが狼煙となって、街の人が異変に気が付いてくれるかもしれない。クリスは少しだけ希望を感じた。しかしそれはとても小さな希望でしかなかった。だから次の瞬間目の前に現れた光景にそれは握りつぶされてしまう。 「クソっ…!!こっちにも居やがったのか…!!」 セオドールが悪態をついた。林の中から2体の化け物が現れる。既にこちらに気が付いているようで、散開しながらゆっくりと近づいてくる。クリスは咄嗟にセオドールにアイコンタクトを送った。彼もその意味を察しゆっくりと頷く。 「お前らの相手は俺だ!」 そう言うと同時にクリスは立ち止まり、腕から青い稲妻を化け物に向かって放った。この雷撃はそこそこの威力があるものの、事前に魔力を練り上げておく必要があるため、先ほどのような突発的な戦闘では使いにくい魔法だ。だが今回は遭遇する可能性が十分に考えられたことから、クリスは事前に数回分の魔力を練り上げておいたのだ。雷撃は化け物に命中しその身動きを封じる。その様子から、どうやら人間と同じように電撃が通じる相手だということが分かった。クリスの魔法が効いたことを確認したセオドールは化け物の間をすり抜けて走り続ける。 「すまないクリス!必ず戻ってくる!」 そう言って彼は走り去っていった。クリスは今の一撃で倒れてくれることを内心期待していた。ダメージ自体は入っているようで、二体の化け物は片膝を付いている。恐らく雷撃を撃つのはあと4回が限度だろう。それ以降は別の手段で戦うしかない。最も危惧すべきは他にも個体がいる可能性だ。姿を現していないだけで近くにいる可能性がある。そうなるとセオドールの身も危ない。早くこいつらを倒してセオドールに追いつかなければという考えと、増援が来るかもしれないから魔法を温存しなければという二つの考えがクリスの頭の中で逡巡する。 「ビリビリ!ナンダヨコレ!」 「アイツコロス!」 戦闘方針を決めあぐねているうちに化け物は体勢を立て直したようだ。片方の化け物が一足飛びにこちらへ殴りかかってくる。クリスにはもう片方が何をしているのか見る余裕まではなかった。反射的にナイフで受け止めるが、その衝撃でナイフは曲がってしまう。 「オマエシロウト?」 その声は真横から聴こえた。視界から外れていたもう1体の化け物がいつの間にか自分の側面に回っていたのだ。その右腕から放たれる一撃は、既にクリスの眼前に迫っていた。それを認識した次の瞬間、予測された強い衝撃が彼を襲う。視界に星が散る。幸い致命打にはならなかったものの、首が酷く痛む。普通ならその痛みに悶えるところだが、状況がそれを許さない。頭を揺らされて安定しない視線を化け物に向けると、それらはニタニタと笑いながら悠々とこちらへ向かってきている。完全に油断しきった様子だ。ここでクリスは先ほどの戦闘方針は前提が間違っていたことに気が付く。そう、この化け物は自分より強いのだ。力を温存するなどという選択肢は最初からなかったのだ。そうなれば取るべき戦略は一つ。クリスは起き上がりざまに二条の雷撃を放つ。 「ギャアアア!!!」 雷撃は目にも止まらぬ速さで化け物に直撃した。良く狙ったわけではないためこれは偶然だ。彼らの叫び声が周囲にこだまする。クリスはさらにすかさず手前の化け物に接近し、曲がってしまったナイフの切っ先を化け物の眼球に突き立てる。そしてそれをそのまま刺し込み、ぐるりと一回転させた。ゴリッという音と共に、頭蓋内の物がシェイクされる感触がクリスの手に伝わった。化け物は力なく倒れ、ピクピクと弱弱しい痙攣を繰り返す。 ナイフを引き抜きもう一体をちらり見やると、それは既に起き上がっていた。雷撃は残り二回。仕留めるだけならば問題はないだろうとクリスは考えた。彼は落ち着いて雷撃を撃とうとするが、先ほど殴られた衝撃で視界が安定しない。一度空中で様子を見ようと彼は空へ逃げた。化け物は空中へ上がれないようで、地上からこちらをジッと見つけている。 「へっ!そんな弱点があったのかよ」 思わぬ必勝法を発見してしまったクリスは余裕の笑みを浮かべる。化け物は口をあんぐりと開けたまま動かない。殴られた衝撃も収まってきたところだし、そろそろこちらから止めを刺しに行くかと思ったその時だった。ボンッという音と共に強い衝撃が彼の身体を襲う。その衝撃でバランスを崩し彼は地面へと落下する。高さは6mほど。地面に激突しようものならただでは済まない。何とか姿勢を整えようと減速を行う。だがそれはクリスの身体を的に変える危険な行為だった。地表付近で減速したクリスに化け物の拳が襲い掛かる。 「しまっ…!!!」 その言葉を言い終わる前に腹に強烈な一撃が繰り出される。宙に浮いていたから幾分か衝撃は軽減されたものの、彼の身体は吹き飛ばされ地面を転がることになった。幸い骨折はしていなかったが、腹の底から吐き気が沸いてきて止まらない。 「うっ…おえっ…」 彼は我慢できずに地面に吐いた。心臓が早鐘のようにドクドクと脈打つ。一時的に呼吸が難しくなり、それが吐き気に拍車をかける。そんな彼を他所に化け物は一歩一歩巨体を揺らしながら近づいてくる。その姿にクリスは恐怖を覚える。またフゥラに助けて欲しいと思った。だが誰も助けには来てくれない。 「くそっ…!くそっ…!!どうしてこんなことに!」 ヤケクソになりながらクリスは雷撃を撃とうとする。この距離なら外すはずがない。しかし外せば化け物は彼に襲い掛かるだろう。狙いを定める手が震える。その時フゥラのいる方角で大規模な爆発音が聴こえた。化け物も思わずそちらを見る。 「俺の仲間がやった。お前の仲間は全滅だぞ」 クリスは胸の奥から勇気を振り絞って不敵に笑って見せた。あれはフゥラの使う魔法の一つだったはずだ。滅多に使うことはないが、威力はかなりのものだと知っている。 「ナカマ?デモオマエハシヌ」 化け物はクリスの脅しに一切関心を持つことなく彼へ近づく。冷酷に獲物を殺すことだけを考える化け物にクリスは恐怖した。再び雷撃で狙おうとするが、やはり狙いは定まらない。恐怖からクリスは無駄に息を吸おうとしていた。 (落ち着いて、大丈夫だよ。クリス) 極限状態の中でクリスにはフゥラの声が聴こえたような気がした。その声を聴くと気持ちが落ち着いていく。そうだ、落ち着いてやればいい。 (さぁ、良く狙って。クリスはやれば出来るんだから) その言葉を信じて狙いを定める。今度は当たりそうな気がした。照準代わりにしていた中指と化け物の影がピタリと合う。クリスは彼女の言葉を信じて残っていた二発を連続で撃ちだした。青白い閃光がクリスの腕から放たれ、まっすぐ化け物へと向かっていく。 「オオオ!!」 雷撃は命中した。化け物は身体から煙を吹き倒れ、焦げ臭い香りが辺りに漂う。 「終わった…のか」 周囲は静けさに包まれ、風が木々をざわめかせる音だけが響く。それはまるで戦いの終わりを告げるようだった。街道の方からも音は聴こえてこない。もしかするとフゥラはもうシルポートへ向かっているのかもしれない。目下の脅威を排除し、クリスは一息つく。先ほどは恐怖で戦うことから逃げてしまった相手を二体倒した。正直なところ、誰の助力も請えないのだから半ばヤケクソであったのは否定しない。それでもこの化け物を倒せたことはクリスに達成感を与えた。二人に自慢してやろうと頬を緩ませたところで、まだ全てが終わったわけではないことを思い出す。既にセオドールの姿は見えないが、そう遠くへは行っていないはずだとクリスは考えた。 (人を背負っているんだし、すぐに追いかければ追いつけるはず) 一刻も早く追いつかねば、とクリスは再び走り出した。 背中の少女が身動きをしたような気がした。普段なら気を使ってやりたいところだが、今はそんな余裕はない。セオドールは全身全霊の力を込めて林の中を疾走していた。今までこんなに本気で走ったことなどないだろうと彼は思う。額を流れる汗が風を感じ、一時の清涼感を彼に与える。その風に僅かな揺らぎが生じたのをセオドールは感じ取った。そして次の瞬間、自身の左側、つまりフゥラが戦っている街道の方で強い衝撃の嵐が走るのが見えた。あれはフゥラの魔法だとセオドールは知っていた。 「あんなの使いやがって…!時間稼ぎだけでいいって言ったじゃねえか…!!」 彼はもちろんあの魔法のデメリットも知っている。あれを使えばしばらく魔法は使えない。もし仕留め損ねたらどうするつもりなのか。そんな彼女を案じる気持ちが彼の胸を不安で満たす。街の門はもうすぐそこに迫っていた。木々の間から街の西門が見える。門番の衛兵はこちらの姿を視認したようで、兜の面甲を上げた。悠長なことをしていられないセオドールは叫ぶ。 「私はセオドール・オルコット!!直ちに兵を集め門を開けよ!!」 彼の声が林の中でこだまする。言葉の全てが聴こえたわけではないだろうが、セオドールの名前だけは届いたらしく、門番たちが慌て始めたのが見える。しかし門を開ける様子はない。代わりに一騎の騎兵がこちらへ駆けてくるのが見える。そしてセオドールの少し手前で止まり、声の主がセオドール本人であると確認すると、 「馬上から失礼します!セオドール様!お乗りください!」 と兜を脱ぎその騎士は叫んだ。駆けてきた騎士はセオドールの良く知る騎士の一人だった。彼の名はセルバンデス。名家の出で剣の腕も立つ。今セオドールが最も頼りたい人物の一人である。 「セルバンデスか!ご苦労!だが私ではなくこの子を街の病院まで送ってほしい。そして市民の避難と兵の招集を!」 「先ほどの魔法と何か関係が?」 「そうだ!だが説明している時間はない!責任は全てこのセオドール・オルコットが持つ!一刻の猶予もない故ただちに実行せよ!」 いつもなら挨拶から始めるところだが、今はそれどころではない。セルバンデスもいつものセオドールとは様子が違うことから、事態の深刻さを察する。 「承知しました!」 短くそれだけ言うとセルバンデスは兜を被り馬に鞭を打つ。そしてあっという間に門へ到着するのが見えた。門では兵が慌ただしく動いているのが見える。恐らくセルバンデスが伝令を伝えてくれたのだろう。怪我をした少女は別の兵に担がれて門の中へと運ばれていく。セオドールが門へ到着するころには街の監視塔から警鐘が鳴り響いていた。正面門は突破されていないようだし、最悪の事態は避けられるはずだ。だが一息つくにはまだ早い。一通りの指示を出し終えたセルバンデスがセオドールのところへ戻ってくる。 「セオドール様。兵の招集は完了しておりませんが、第一陣の騎兵隊はいつでも出発することが可能です。いかがされますか」 既に準備が出来ているのなら、一刻も早く二人の救援に向かうべきだとセオドールは考えた。そうなると兵を二手に分けなければならない。適切な戦力配分を行わなければ、各個撃破される危険性が増す。 「それは二手に分けることは可能か?」 「相手次第であります」 相手次第と言われてしまうと、相手の戦力が未知数である以上、戦力の分散は現実的ではない。それどころか敵の規模が分かっていない今、兵を街の外へ出すべきではない。伏兵がいた場合、街は無防備になってしまうからだ。二人には必ず戻ると約束したが、それはセオドールの私情だ。私情で市民を危険に晒していては領主失格だろう。だが友を見捨てる人間に領主が務まるのだろうか。セオドールは決断を迫られていた。そこに一人の男が息を切らせて駆け込んでくる。 「セオドール!!」 それはクリスだった。多少の怪我はしているものの、命に別状はないようだ。セオドールは友人の無事に感情が沸き立つ。 「無事だったか!万が一のことがあったらどうしようかと…!」 「へっ、あるわけねえだろ!フゥラはまだか!?」 先ほどは戦いに尻込みしていたというのにこれだ、おそらくあの化け物を倒したのだろう。ほんの少しの友人の成長にセオドールは笑みを零す。しかしまだフゥラは戻っていない。 「フゥラはまだだ。これから救援に向かう」 クリスが戻ってきたのなら過剰に兵を分散させる必要がなくなる。私情を挟んでいるのは百も承知だが、やはりフゥラを見捨てるわけにはいかない。 「セオドール、俺も連れて行ってくれ」 「は?そんな身体で何を言ってるんだ?」 セオドールはもうクリスには戦いに参加して欲しくないというのが本音だった。本当に万が一のことがあったら、自分が立ち直れない気がしたのだ。 「俺だって少しは魔法が使える。それにあの化け物を倒したんだ。これ以上ない戦力だろ!!」 確かにクリスの言い分はもっともだ。人手が足らないのは事実だ。 「それに…無事なのを早く確認したいんだよ。分かるだろ?」 クリスが浮かない顔でそう言う。二人ともフゥラが心配という気持ちは側にいたセルバンデスにも伝わったのだろう。彼は自分の馬の後ろを差して言った。 「セオドール様、私の馬は二人乗り。後ろに一人乗せることは可能です。私が付いていれば問題はないかと」 自身の強さを知る相手だからこその提案である。クリスには彼の姿が少し誇らしげにも見えた。彼の提案を却下することは、それすなわち彼の強さを疑問視しているということでもある。お前では力不足、とセオドールにはとても言えない。 「ああ…分かった。セルバンデス、彼をお前に預ける」 「命に代えましても」 シルポートから出発した騎兵隊の総数は24。3個分隊に分かれて正面門へ向かう。右翼には外壁に取りついた魔獣がいないかの確認を、左翼には散開して周辺の偵察を命じた。クリス達は中央の分隊で、直接正面門前へ向かう。その道中、クリスは妙な静けさに違和感を覚えるのだった。
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