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夏希(なつき)、あんたまた塾の成績落ちたでしょう。友達と遊んでばっかりだからよ。…冬司(とうじ)君みたいになりたいの?」 夏希の母のこの言葉が切っ掛けだった。 可哀想な事に陰山(かげやま)夏希(なつき)は、中学生にとって貴重な夏休みの一週間という期間を、田舎の祖母の家で暮らす羽目になったのだ。 冬司と呼ばれた男は夏希の父方の従兄弟(いとこ)に当たる人だった。従兄弟とは言っても顔も知らない。歳は十五も上らしい。 夏希の母は口癖のように『冬司君みたいになりたいの?』という言葉を使用した。 夏希が知っている範囲では、東京で有名大学を出て、ここで勤めれば同じ年代の二倍以上は収入が約束されるという大企業に入社したにも関わらず、数年で辞めて田舎の実家に引き籠った人物、というぐらいのものであった。部屋に引き籠ってからはずっと小説を書いているらしい。 要するに高学歴の社会不適合者だと、夏希の母は蔑視していたわけである。 自分が十六歳で夏希を産んでいる事も、コンプレックスだったのかも知れない。やたら学歴を気にかけ、夏希に強要した。 冬司君(・・・)とは呼んではいるが、夏希の母と冬司は一歳しか離れていなかった。逆算すると、夏希の父は自分が三十歳の時に十六歳の母と結婚して夏希が産まれた訳なので、中々男のロマンを実現させているものである。 夏希の母は夏希に、その不適合者になった自分の未来を見せるためだけに、夏希を父方の祖母の家に送り込む算段であった。 実の母とはいえ酷い人だと夏希は思ったが、逆らえない。 部屋に戻り、一週間分の旅行支度をした。     ◇◇◇ 蝉の鳴き声が響く中、夏希は腕で汗を拭いながら途方に暮れていた。
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