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夏希は遠慮がちに冬司の部屋の扉をノックした。元々平屋造りだったこの家の二階部分は増築した箇所なので、一階が純和風な造りに反して、二階は今時の洋風の造りになっていた。
一階は畳などの草っぽい匂いだが、二階は木の匂いがする。加えてこの部屋の前に来たら煙草の匂いも凄かった。
ノックしても返事がないので、ゆっくりと扉を開けると…机に向かって何やら書き物をしている冬司の後ろ姿が目に入った。
昨日見たのと同じ、真剣な大人の表情。
夏希の胸はまた高鳴り、こそっと部屋に侵入する。近くから覗いても気付かないくらい没頭しているようであった。
冬司の手元には原稿用紙が溢れ、一瞬の内に文字を埋めていっている。その速さに驚くと共に、内容に目が釘付けになった。
簡単に読み解けば、自殺したいと思う男が周囲の人間にやんわりと自分がいなくなる事を伝えながら、今までの感謝を伝えに挨拶回りをしている話であった。
その中に出てくる主人公の幼馴染み、元恋人、親…かなり詳細に書かれていて、夏希には実話を元にした小説にしか思えなかった。
冬司の話なのだろうか、ジッと横顔を見つめるとやっと視線に気付いた冬司が驚いたように夏希を振り向いた。
「…ビックリした。もうそんな時間経ってたか。書いてる時は何も聞こえなくなるから…無視してたら悪かったな」
冬司の言葉に夏希は首を振り、儚く見えてしまった冬司を捕まえるように腕をギュッと握った。
冬司は「寂しかったのか?」と笑っている。
…大丈夫、死にたい人には見えない。
夏希はまた腕をギュッとした。
「待たせて悪かったな。約束通り川遊び連れて行ってやるよ」
小さな子どもをあやす様に、冬司はまた夏希の頭をポンポンと撫でた。
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