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夏希が祖母の家で過ごして四日目。 あと数日で家に帰る日が来てしまう。 田舎での生活は毎日が非日常にいる気分で、一日経過する毎に夏希は落ち込んでいった。 冬司も毎日のように遊びに連れ出してくれるが、小説の邪魔をしたくない夏希はいまいち甘え切れないでいた。 「夏希、今夜夏祭りに行くか。…まぁ、小さな村祭だけど。屋台はあるし、花火も少し上がるぞ。嫌じゃなければ盆踊りも踊れる」 突然の誘いだった。 冬司も徐々に元気がなくなっていく夏希に気付いていたようだった。お祭り。その魅力的な誘いに、夏希は笑顔を浮かべた。 「お祭り、楽しそう!」 「やっと笑ったな。…そうだ、おぃお袋っ!」 冬司は伯母を捕まえると何やら話し込んでいた。伯母も興奮したように何事か言っている。夏希は疑問符を浮かべながら、夜の祭りを心待ちにした。 ◇◇◇ 「あぁ、やっぱり女の子は可愛くて良いわね」 「そうねぇ、またその浴衣を着る人がいるのは本当に嬉しいわ」 伯母も祖母もにこにこしながら着付けをしてくれた。元々は祖母の浴衣だったらしい。それを伯母が受け継ぎ、女の子が生まれなかったのでいずれ処分しなくてはと考えていたらしい。 白地にピンクと青の朝顔模様はとても可愛らしく、保存状態も良かった為古臭い感じは一切無かった。夏希は着付けをしてもらうと、くるりと回って鏡に映る自分を見つめた。 いつもより上品で大人っぽい姿に、胸が高鳴ってしまった。 「お、終わったか。いいんじゃねぇか、似合ってる」 柱に寄り掛かったままこちらを眺める冬司の側へ寄ると、また頭を撫でようとしたが、綺麗にセットした髪を見てその腕を下げた。 夏希は何故か無性に寂しさを感じてしまった。 その気持ちを誤魔化すように、冬司の腕に自分の腕を絡めた。 「行こう?」 「はいはい、お姫様のお望み通りに」 冬司は黒いパンツに白いシャツ姿とラフな格好で、足にはサンダルを引っ掛けた。 腕を組みつつ、浴衣姿の夏希と煙草を吹かしたままゆったり歩く冬司の姿は、パッと見て良くて歳の離れた兄妹。悪ければ親子にも見えそうなアンバランスな組み合わせであったが、夏希は浴衣と下駄を口実に冬司と密着して歩けるのが幸せであった。 祭りは村役場の辺りに(やぐら)を組んで開かれていた。櫓を囲むように出店が並び、夏希は目を輝かせた。 「何か欲しいのあったか?」 顔を覗き込む冬司に緊張しつつ、「りんご飴とたこ焼きと、それからチョコバナナ」 「全部食い物か」 可愛いお姫様だねぇ、と冬司は笑いながら順番に店を回り、全部夏希に買い与えた。自分はたこ焼きだけ購入して、役場の裏側に夏希を案内する。 役場の裏は竹林のようになっていて、先には鳥居のようなものが小さく見えた。人混みから離れ、喧騒が遠ざかる。その代わりに草木の香りと夏虫の涼しい声が響いた。 「この先の神社、花火見るのに良い場所なんだ。少し歩けるか?」 夏希の足を気遣って聞いたのだろう。慣れない下駄で少し疲れてはいたが、冬司のおすすめの場所が知りたくて小さく頷いた。 土の道を二人で手を繋いで歩く。 冬司は優しく握ったり、たまにキュッと力を込めたりした。力を込めた箇所がやや足場の悪いところだと気付いた夏希は、熱に浮かされた表情で十五歳年上の従兄弟を見上げて歩いた。 無言なのに、二人は気持ちが通じ合っているような不思議な感覚であった。言葉は不要だと、掌の熱が訴えていた。 境内に入ると、石を切って出来た椅子がいくつかあり、二人でそこに並んで座った。夏希がたこ焼きとチョコバナナを食べ終えてりんご飴を嚙り出すと、冬司は「逃げないから慌てて食うな」と笑う。 その笑顔に夏希は顔が熱くなり、俯いた。 俯きながらりんご飴を食べていると、冬司の手が顔に伸びてきて顎を掴まれる。 一瞬キスされるのかと夏希は慌てたが、冬司の視線は空を向いている。自然とその視線の先を追った瞬間、空に大輪の華が咲き乱れた。 「俯いてると、見落とすものもあるんだぞ」 少し寂しそうに言う冬司に夏希は何と返事したら良いのか分からず、ただ冬司のシャツの裾を握って二人で花火を見上げていた。 キスすらしてもらえないこの年齢差が、夏希は堪らなく嫌になっていた。
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