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花火の夜から、冬司は部屋に篭って小説を書き続けているようであった。食事も同じ時間にはとらないので、夏希は冬司が元気にしているのかも分からなかった。 部屋には近づけなかった。 今までにない気迫を冬司から感じ、夏希は大人しく田舎暮らしをしていた。 顔を合わせなくなってもう三日が過ぎた。 今日は家に帰らなければいけない日だった。 駅までは冬司が送ってくれる手筈になっていた。 夏希はジッと、冬司の部屋の扉が開くのを待っていた。 ◇◇◇ 頭を撫でられる気持ち良い感覚に、うっすら瞼を開く。夏希の目の前には冬司がいて、優しい表情で頭を撫でていた。 いつの間にか陽の当たる縁側でうたた寝してしまったらしい。瞼を擦ると、冬司が頭を軽くポンポンとした。 「待たせて悪かった。…さ、送ってく」 その言葉で改めて今日が最後なんだと、夏希は悲しくなった。もう優しく撫でてくれる腕も、愛おしそうに見つめてくれる視線もなくなる。 我儘は言えないが、悲しくて仕方なかった。 不意に流れた涙を指で拭われ、夏希は無理矢理口角を上げて笑顔を浮かべた。 「待たせ過ぎだよ。早く軽トラに乗せて」 声は震えていた。 けれど冬司は何も言わなかった。 祖母と伯母も寂しそうに、ずっと軽トラが見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。 今日は凄く道が空いている。 早いペースで駅まで向かえている。乗りたい時間の電車を逃す事はなさそうであった。 車に揺られると、また涙腺がじわりと湿り気を帯びてきた。夏希は声を殺して泣く。 運転中の冬司が片手で頭を撫でてくれるのが余計に感情を刺激した。 「…冬司と一緒に居たい…」 夏希は聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。 冬司のハンドルを握る力がグッと入ったことを夏希は知らない。 ◇◇◇ 「…落ち着いたか? そろそろ行かないと、乗り逸れるぞ」 夏希は小さく頷いて、ノロノロとシートベルトを外した。車のドアを開ける一瞬、冬司の腕に制止される。夏希の身体に軽く覆い被さると、頬に触れない距離でチュッと小さな音を立てて離れた。 キスされそうだった驚きと、冬司の服から香る煙草の匂いにドキドキした夏希は、涙を引っ込ませて固まった。その様子に冬司は笑う。 「夏希。お前手を出したくてもガキ過ぎんだよ。だからせめて、五年待ってくれ。そん時まだ、こんなオッサン好きでいてくれたら…今度はちゃんと、迎えに行くから」 夏希の服のポケットに、冬司はメモ紙を突っ込んだ。 「それまでに小説で成功して、お前の母親にも認めさせてやるから」 そう堂々と言い切った冬司に、夏希は堪らず今度は自分から冬司に抱き付いた。優しく背中を撫でられる。夏希は気持ちが満たされていくのを感じた。 「待ってる。五年後、約束だよ」 それだけ冬司の耳元で囁くと、気持ちが変わらない内に荷物を下ろし、駅へと走った。 改札を抜けホームに立っても、電車が来て乗り込んでも、電車が発車してもまだ、軽トラは動かなかった。 グスッと鼻をすすっていると、夏希は先程ポケットに入れられたメモを思い出す。 紙を開くと 文章にはただ短く、 『愛してる。 十五歳上の従兄弟のオッサンより』 と書かれていた。夏希は少し笑って、顔を上げた。 五年後までバイバイ、私の初恋。 それまでにちゃんと大人になるからね。 スマホをグッと握り締め、 『私も、愛してる』 それだけ送信した。 電車に揺られつつ、蝉の声は遠ざかっていった。
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