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月の綺麗な夜だった。
その日、男は酔っぱらっていた。
男には夢があった。小説家になる夢だ。そんな夢を、男は酒場の中心で、物語を交えながら楽し気に語り聞かせる。
男の話をどんちゃん騒ぎしながら聞いていた酒飲み達が、そんな男のことを「まだ諦めないのかー?」なんて言いながら茶化す。
男はそれに応えて、両手を広げた。
「──まさか。諦めるもんか! 僕はね、今でも誰かを救う小説を書きたいんだ。そうして皆を幸せにしたい。この街の、いや、この世界の誰もを!」
それは青臭い夢だった。誰もが笑い飛ばしてしまいそうな、突拍子もない夢物語。
酒飲みの彼らだって、男の夢を何度も笑った。
でも、みんな何処かで、男の夢を信じていた。
彼らはいつの間にか、何度否定されてもへこたれず、理想だけの世界を夢見続ける彼のことを、応援したくなってしまっていた。
男の言葉には力があった。いつしか、男の夢は、みんなの夢になる。
幸せにあふれた未来を、希望で満ちたその未来を願って、誰もが立ち上がる。
彼らが動かされたのは、男の文章が上手かったからだろうか? 男に才能があったから?
きっと違う。
彼らが動かされたのは、彼の思いが余りに純粋で、一途だったからだ。
だからこそ、みんな、彼のことが好きだった。彼の為に、彼の描いた夢の為に、命をかけてもいいと思えるほどに。
男は幸せそうに、楽しそうに笑って、酒を掲げて宣言をする。
「──そうだ、世界はもっと自由でいいんだ! みんなで一緒に、幸せになろう!」
その日、男と一緒に幸せを願った人達は、もう、誰もいない──。
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