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昔々、何処かの街にみんなに愛される小説家の男がいた。
男は小説家と呼ばれてはいたがそれは名ばかりで、本当は男の小説を読むのはいつも男の友人たちだけだ。
男は貧乏だった。その街では、貧乏な者は小説家にはなれない。それどころか、貧乏人は自由に言論を述べることすら認められていなかった。
荒くれものが集まるような粗雑な酒場で、男はいつも小説を披露する。酒場の中で、男の仲間たちはいつも男の話を陽気に聞いていた。
男の仲間たちは、皆男のことが好きだった。男もまた、彼らのことを愛していた。男は環境には恵まれなかったが、仲間には恵まれていた。
ある日のこと、男はいつものように仲間たちに自分の夢を語り聞かせる。誰もが夢だと笑い飛ばすような、突拍子もない夢物語だ。
でも、仲間たちの誰もが男の夢を笑わない。
男の夢は、いつしか仲間たち皆の夢に変わっていたから。
月の綺麗な夜だった。
ある駅のホームで、そんな話をしている男がいた。茶色いコートを着て手には大きなカバンを持った、身なりのいい中年の男だ。
「男の夢とは何だったんですか?」
白い息を一つ吐いて、男の隣の席に座って話を聞いていた少年が尋ねる。年はまだ十代後半だろう。黒髪で、緑がかった目をした少年だった。
少年の問いに、男はニコリと人好きのする笑みを浮かべて答えた。
「さあ? 君は何だと思う?」
男の答えに、少年は眉をひそめる。
「……分かりません」
「それでいいよ。それがいい」
男はクスクスと楽しげに笑う。少年はそれに首を傾げて、更に何か言おうと口を開いた。
しかしそこに丁度良く、列車が来る鐘の音が鳴る。
すぐに、駅のホームに列車が入ってきた。それを見て立ち上がった少年に向けて、男が尋ねる。
「君、名前は?」
「……そんなこと聞いてどうするんですか」
「まあ、旅は道ずれ世は情けって言うじゃないか。同じ列車に乗るんだから、名前ぐらいいいだろ?」
少年は一瞬迷うように眉を寄せてから答える。
「……ロイドです」
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