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「なんで、バス停ポールを持って歩いているんですか?」僕は男に訊ねた。
「出勤の時、このバス停を使っているんだけどね、待っている時の景色がいつも同じでつまんないんだよ。だから移動させようと思ってさ」
「そんなことして大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、俺、小中高と野球やってたから体力あるから」
そういう問題ではない、と思ったが口にはしなかった。
「でも、僕そのバス停使いたいんですよ」
「ああ、そうなの。もうちょっと待ってね。あと少しだから」
そう言って男は笑った。僕は愛想笑いを返した。
しばらく歩くと男はバス停ポールをおろした。道路を挟んだ向かい側には病院があった。
「ここにするんですか?」
「そうだ。俺はこの病院で生まれたんだ。いわば俺の人生のスタート地点だ。だから俺はここでバスを待ちたい」
「でも、だからって勝手に移動させちゃったらバス来ないんじゃないですか?」
「そのくらいなんとかするだろ。バスの運転手もプロなんだから」
時刻表と腕時計の時間を確認するとあと5分でバスの到着時間だった。
当然、5分経ってもバスは来なかった。
「なんだよ。仕方ねえあそこにするか」
男はそう言うと、バス停ポールを持ち上げて、また歩き出した。
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