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家に帰ったあたしは日本舞踊の稽古に入っていた。日本舞踊の先生がチントンシャンと三味線を掻き鳴らす。あたしはそれに合わせてナンバの足運びで舞う、その間に考えることはなぜか瑠璃のことだった、あの嫌な勝ち誇った笑顔を思い出すだけでイライラしてくる。すると、先生が急に三味線の撥の腕を止めた。
「美子さん、今日は動きが硬いですわよ。何か考え事でもしているのですか?」
「あ…… あの……」
まさか、嫌いな男のことを考えているだなんて言えない。先生は当たるような口調で続ける。
「今は何を踊っているかおわかりですか?」
今、踊っている演目は紀友則が惜しんだ散りゆく桜を表現した舞だ。着ている着物も桜柄、扇の動きも桜が舞い落ちるように動かさなければならない。あたしはそれを正直に答えると、先生は首を横に振った。
「あなたの舞は桜ではありません。桜のようなはらりひらりと舞う儚さの表現が出来ておりません」
「以後、気をつけます……」
あたしはシュンとして俯いた。しかし、先生は意外な言葉を返してきた。
「ただ、恋する乙女の気持ちを表現する舞に近いものがあります。お好きな方でも出来ましたか」
「いえいえいえいえいえいえ!」と、必死に否定するあたしを先生はニヤニヤとした笑顔で眺めているのだった。
好きな人なんていないのに…… 先生の目は節穴ではないだろうか。あたしはそう思いながら「男に恋する乙女の舞」の指導を受けるのであった。
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