六枚札

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残り札はあたしが二枚、瑠璃が残り一枚となっていた。絶体絶命の危機である。 瑠璃が自分で自陣の札を取るか、あたしの陣の札の一枚を取れば送り札で自陣がゼロとなりこの時点で決着。つまり、瑠璃が一枚でも札を取ればあたしの負けが決まってしまうのだ。 あたしは瑠璃の陣に切り込み一枚を取るか、自陣より一枚を取り、運命戦に持ち込むことしか出来なくなっていた。余裕はない。だけど、逆境におり心臓が飛び出そうな程にバクバクと鼓動を叩いているのに不思議と心は落ち着いている。 あたしを運命戦へと導くか、負けへと導くかの、運命の歌が詠まれんとしていた…… 〈こ……〉 「こ」から始まる六枚札、そのうち四枚は消費済…… 二枚が両陣に一枚ずつあるとはなんたる皮肉か。そして、あたしは気づいた「こ」の間に「淀み」があったことを。「こいすてふ(こいすちょう)」であれば、淀みはない! あたしは瑠璃の陣に切り込み「やくやもしほの みもこがれつつ」の札を全力で右から左へと薙ぎ払った。札は物理法則を無視したかのようにくるくると回転しながら畳の外へと飛び体育館の床を滑り落ちる。 〈こぬ人を まつほの浦の 夕凪に やくやもしほの 身もこがれつつ〉 来ない恋人を待ち焦がれる恋の歌。しかし、あたしにとっては瑠璃の陣に切り込むきっかけとなる待ち人のような歌だ。あたしはこの歌を待ち焦がれていたのかもしれない。 これで運命戦だ、歌の綱渡りの終焉がここにある。 あたしは場に残った二枚の内、どちらを瑠璃に渡そうか迷っていた。 「ひとしれずこそ おもいそめしか」 「けふをかぎりの いのちともかな」 前者は一枚札となった「こいすてふ」だから「こ」で手を動かせる。 後者も一枚札で「わすれじの」「わ」で始まる札はまだ数枚残っている、空札の「わ」で手が動きお手つきでゲームオーバーの危険性が僅かに残っている。 セオリーとしては瑠璃に「けふをかぎりの いのちともかな」を渡してお手つきの自爆待ちを期待するべきかもしれない。だけど、ここまでお手つきゼロで来ている以上はそれを期待するのは愚かだ。あたしは「自分の気持ち」と同じである「けふをかぎりの いのちともかな」を自陣に置くことにした。瑠璃は「ひとしれずこそ おもいそめしか」の札を自分の真正面に置いた、突き手、払い手、囲み手、ありとあらゆる手で素早く取りに行けるベストポジションだ。だが、あたしにとってもそれは同じだ。右膝前の自分だけが取りやすく相手が取り難い場所に置かないところ、小細工なしの真剣勝負を挑んでいるのは明らかだ。受けて立とう。あたしは僅かなズレを理由に再びのタイムアウトを申し出た。 「すいません、並び直していいですか」 一枚をどうやって並び直すのかと言われると思われたが、許可が出た。あたしは瑠璃の札の真正面に位置する場所に札を置く。これであとはどちらの手が早いか、一文字で反応出来るかの真剣勝負だ。 運命戦はお互いに残りの札が一枚になることだ。お互いに後が無いこの状態まで追い詰められると、敵の札をとることは難しい。だから、自分の札を取ることのみに集中するのだ。 お互いに自分の札が先に詠まれるかと言う運命に委ねられるから運命戦と呼ぶ。 よく考えたものだ。
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