七枚札

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 そして迎えた全国高等学校かるた大会。あたし率いる富士峰女子大学附属高校かるた部は鎧袖一触ままに県予選を突破し、大会出場の権利を手にした。そのような訳で、あたしたちは滋賀県は近江神宮に来たのだった。二基の鳥居を潜り抜け、手水舎で身を清め、歩いて程無くに写真で見慣れた光景があたしたちの前に広がった。 そう、朱塗りの楼門である。石段の両脇に生える木の新緑の葉に映えるそれはとても美しい、鮮やかな朱色が木々の新緑の中に聳え立つ…… あたしは言葉を失ってしまった。「綺麗……」と、言う言葉が喉の奥で舞い、外に出てこない。楼門を潜って回りを見ても新緑の葉に囲まれており、神符授与所や北信門や時計館宝物館の建材の朱に合わせてとても美しく見える。後は琵琶湖さえ遠景に見えれば完璧なのだが、回りを囲む木によって琵琶湖が見える場所はごく一部なのが実に惜しい。  あたしたちは外拝殿にて二礼二拍手一礼の拝礼を行い、神様に「日頃の感謝」と「かるたに全力を出すことを約束」をするのだった。 この後は自由行動、時計の発祥の地と言うことで漏刻を見に行く者、試合会場である近江勧学館の下見に行く者、有名な十割そばを食べに行く者、様々だった。 あたしはと言うと、北神門に掲げられた百人一首のパネルをベンチに座りながらじっと眺めていた。深い理由はない、歩き疲れて休んでいるだけである。 そんなあたしに先輩が声をかけた。 「これ」 先輩が手に持っていたのはお守りだった。部員全員分買ったのか、膨れた紙袋を小脇に抱えている。みんな同じもの持ってるってだけで結束力も高まるか。みんな同じ色の袴姿で十分結束は出来てるのに、まだ結束を強めたいのか…… 悪くはない。 「ありがとうございます」 あたしはお守りを受け取り自分の鞄のキーホルダーリングに結びつける。それを見た先輩が驚いたような顔をした。 「あれ? これ高速道路のSAで売ってるような自分のお名前キーホルダーじゃん」 あたしは四年前の夏からずっと愛用の鞄に「みこ」の名前キーホルダーを付けていた。この四年で鞄を数回変えているが、名前キーホルダーはその都度付け替えている。経年劣化でプラスチックケースもところどころひび割れていたが(落としたこともあった)構わずに付け続けているのだった。 「倉持さんって、小学生チックな趣味あるのね」 確かに先輩のようないい歳した高校生からすれば、小学生ぐらいしか付けないダサいキーホルダーにしか見えないだろう。あたしだってそう思う。寮に入る際の引っ越しのドタバタで捨てられてもおかしくない。 けど…… 捨てようとは思わない。捨ててしまえば何か大切なものを捨ててしまうような気がして、常に大切に持ち歩くようになってしまったのだった。 「あたし、頭の中は十二歳ぐらいで止まってますから。趣味も小学生チックなんですよ。購買でも年間購読で月刊の少女漫画頼んでますし」 あたしは適当に誤魔化した。四年前に好きでもなんでもない男に買ってもらったものが捨てられないなんて説明が面倒だ。 「ここ、漫画やアニメのグッズいっぱいあるよ。後で買ってきたら?」 あたしは笑って誤魔化した。先輩は他の部員にもお守りを渡しに行った。あたしは特になにも考えずに「みこ」のキーホルダーを外して指でピンと弾いた。「みこ」の文字が振り子のように激しく揺れ動く。あたしの心もこうやって揺れ動くことはないのだろうな……
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