一枚札

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 瑠璃はふぅと人を小馬鹿にしたような溜息を吐いた。それから嫌々そうに口を開く。 「仲いいヤツ以外には黙っとこうと思ったんだけどな…… 実は俺、瞬間記憶能力者ってやつらしいんだよ」 瞬間記憶能力。デジタルカメラのように見たものを一瞬で記憶し、脳内に見たものをそっくりそのまま保存し、いつでも引き出すことが出来る能力。 夜の九時に放送しているテレビ番組で超人として紹介されていたのを見たことがある。こんな超能力者みたいな人がこんな公立の小学校なんかにフラっと転校なんてしてくるわけがない。馬鹿な小学生男子の嘘だろうとあたしは思った。 ちなみに、あたしみたいな家柄のいいお嬢様が公立の小学校に通っているのは「貧富の差がある小学校は世間の縮図であるから、世間を見させなさい」と、言う祖母の方針からだ。 中学進学の際には私立の中高大一貫教育の富士峰女子大学附属中学(お嬢様校)に行く予定(プラン)が既に立てられている。祖母も母もそこの出であるためにあたしはここに行くことが人生において運命付けられていると思っていた。あたしも是非にでも富士峰女子大学附属中学に行きたいと幼少期より決めていたのだった。 「だから、百人一首の本呼んだだけで全部歌覚えただけなんだって! オマケページに競技かるたのルールが書いてあって、その通りにやっただけなんだよ。札の暗記時間の十五分だって、二秒で全部覚えたから、あとはずーっと札覚えるフリして帰った後の飯何かなーって考えてた」 競技かるたにおいて札の暗記時間は最も大事な時間だ。競技かるたはまず最初にそれぞれ二十五枚ずつの字札を三段に並べる。その配置を十五分かけて覚えることから競技かるたの真剣勝負は始まっている。場に並べられるのは五十枚、百人一首はその名そのままに百首の札があるために、詠み手は全ての絵札を詠む、しかし場にある字札は五十枚、つまり、使われない札が五十枚あることになる。その取捨選択は当たり前のこと、自分の得意札の配置の記憶などをこの十五分で行わなければならない。競技かるたを志す者にとっては命を削るかのような十五分と言うことになる。 しかし、少し見ただけで五十枚の札全ての位置を覚えられる瑠璃にとっては、元から覚えている歌と合わせて、サッと手を動かすだけの簡単なお仕事。世の中はこんなに不平等に出来ているのかとあたしは儚んだ。 「何これ、チート(ずる)じゃない」 「いやあ…… こういう風に言われるから言いたくなかったんだよ。あー、言うんじゃなかった。もう帰っていい? カーチャンが飯作って待ってるんだ」 「待ちなさいよ!」 「百人一首って言うのがどんなのかわかった。もうやらね。お前はまた来年の正月に市民かるた大会でて優勝するんだな。俺がいなけりゃ優勝できるんだろ?」 この上から目線、腹立たしい。しかし、天が与え給うた能力(才能)に負けたのはもっと悔しい。あたしは瑠璃を指差し、宣戦布告をした。
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