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瑠璃は瞬く間にクラスの人気者となった。明るく人当たりがいいことと(あたしにも少しはその優しさを向けなさいよ)、スポーツ万能らしく50メートル走は7.2秒と小学五年生男子の平均よりも遥かに早い、サッカーをすればハットトリックは当たり前、野球をすれば全打席ホームラン。勉強は瞬間記憶能力持ちの割にはあまり成績は良くない、社会、理科の暗記系教科こそ成績は抜群だが、国語、算数、英語に関しては教科書を全部一言一句完璧に覚えてもそこから「考える」必要があるために成績は芳しいものではなかった。特に英語の発音に関しては絶望的で日本語英語どころか単なる棒読み英語を披露してくれた。休み時間ともなれば瑠璃の周りにぞろぞろとクラスメイト達が集まってくる。顔も正統派イケメン系、身長も155センチと、成長期に足を突っ込んでいるのか高い方。正直な話、ガキとしか思えないクラスの男子とは一枚も二枚も格が違う。その割にはガキとしか思えない男子との付き合いはちゃんと出来ているようで、流行りのゲームや漫画などの話などで盛り上がっている姿をよく見る。
「ねーねー、羽冠くんなんだけど」
あたしは学校の帰りに友人とコーヒーチェーン店でコーヒーを啜っていた。あたしの友人で親友の大友美幸(おおとも みゆき)がちゅーとコーヒーの上に乗ったクリームをストローで吸いながらあたしに言った。
「転校して来たばかりなのに、スッゴク人気者だよね。隣のクラスの中国人留学生の鷹山さん? 羽冠くんに告白したって」
あたしはそれを聞いた瞬間に胸がズキュンとする感じに襲われた。そしてムカムカと熱くなる。このエスプレッソ、こんなに濃かったかな? 思わずに咳き込んでしまった。
「イケメンだもんね。ま、あたしは興味ないけど」と、あたしは素っ気ない態度を取る。
「ふーん、転校初日に首根っこ引きずって連れてくの見たから、早くもロックオンしたかと思ってたんだけどな。違うんだ」
「競技かるたの大会であいつにボロ負けしただけよ、あいつはあたしのこと覚えてなかったけど」
「美子に百人一首で勝てるなんて、鬼か何か? 人かどうかも疑わしいよ」
瞬間記憶能力者だと言うことを考えると、男子がよく読んでいる「異世界転生モノ」の小説やアニメの主人公か、神が才能を与え給いし天使が降りてきたと言われても疑わないだろう。人かどうか疑わしいと考えた美幸の考えは正しいかもしれない。
「あたしとしても信じらんないんだけどね。最速で手が動く感じなのよ。それで? 告白の行方は? 鷹山さんって中国人ままで顔が整ってる美人でしょ? 小学生なのに彼氏持ちなんてけしからんにも程が…… あいつもあいつで美人の彼女さん持ちなんて十年早いわよ」
「断ったって」
あたしはなぜか胸のつかえが下りたような気分になった。なぜにそうなったのかはわからない。エスプレッソの喉の通りも急に良くなった。
「好きな人でもいるのかな?」
「女の子に興味がないみたい。まだ小五だからね、うちら」
小学生で彼氏彼女になろうなんて早いにも程がある。あいつがこの手のことに興味がないのも仕方ないか。あたしはエスプレッソを更に流し込む。
「でも、あたしらの歳…… 来年小六じゃない? 彼氏いてもいいじゃない? あたし、立候補しようかな?」
あたしはエスプレッソをブッと吹き出した。美幸は訝しげな顔であたしを見つめる。
「美子、さっきから変よ。もしかして、羽冠くんのこと好きなんじゃないの?」
トンッ! あたしはエスプレッソのカップを周りに音が響くぐらいに強く置いた。美幸の顔が一気に青ざめたものになる。それからあたしは美子に静かな口調で怒鳴りつけた。
「あのねぇ、あたしはあいつ嫌いなの。何が面白くて自分を負かした相手を好きにならなきゃいけないのよ。冗談も休み休み言ってちょうだい」
「自分を負かした相手に惚れたってパターンだと思ったんだけど、違うの?」
「あいつ、競技かるたに対する心構えがナメてるとしか思えないのよ。絶対にリベンジしてやるわ」
「そんなに…… 悔しかったんだ」
そう、悔しかった。これまでの人生で競技かるたを教えてくれた祖母や母以外には負けたことがなかっただけに、あんな訳のわからないぽっと出の男子に負けたことは悔しかったのだ。
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