小説家、はじめました

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 未知の世界へ飛び込むにあたり、必要なもの――それは、勇気です。しかしながら、勇気があれば何でもできるというほど、才能のない者にとっては、世の中は甘くありません。数少ない要素で以て成功を遂げる天才とは対極にある、僕のような平凡な人間が、主観的にでも、成功したと錯覚する、そのためには、合わせ技が必要です。  覚悟――背水の陣を敷くことと致しました。勤めていた会社を辞めました。親にも誰にも相談せず、地元から離れた場所で勤めていたのをいいことに、しれっと且つスパッと、正社員というベールを脱ぎ捨てました。自らの人生を切り拓いていくにあたり、親もへったくれもありません。  努力――とにかく書き続けることです。フリーターとなり身軽になったからといって、ダラダラと過ごすのでは意味がありません。毎日書く。  勇気、覚悟、努力――この三つの合わせ技で以て、未知の世界へと通じる重い扉を、こじ開けてやる所存です。  僕は、プロの小説家になりたいんです。自称小説家という今の境遇では、友達にも会えないし、実家にも帰れません。友達は元々多いほうではないからさして問題ではないものの、実家にはいずれ顔を出さなければなりません。仕事が忙しくてなかなか帰れないという言い訳を、これから先ずっと続けていくのにも限界があります。さらに、プロとしてデビューしなければ、「仕事が忙しくて」の部分が、嘘になってしまいます。金が稼げなければ、ただの趣味と、何ら変わりはありません。懸命に僕を育ててくれた両親に対して、嘘をつくような真似だけは、絶対にしたくない。  芥川賞だなんてずうずうしいことは言いません。デビューさえできれば、それでいいんです。自分の小説で、ほんの少しでも稼げれば、僕は胸を張って小説家を名乗ることができます。  とは言っても、やっぱり夢は、大きいほうがいい。となると、世界だ。デビューしたら偉大な翻訳家に、僕の小説の英語版を作ってくれるように頼んでみよう。僕は英語なんてできやしないのだから、僕の小説の拙い部分を好意的に意訳するなりして、こっそり変えてしまったって構わない。何だったら丸々一冊、彼ないし彼女の類まれな感性で以て、世界中の人々に受けるようなものに一から作り直してもらって、それを僕の作品とするのもいい。その小説のことについてノーベル文学賞の授賞式で尋ねられれば、堂々とこう言えばいい――アイ、キャーント、スピーク、ジャパニーズ!  た、大変申し訳ございません! 自分の夢について語っているうちに、ついついタメ口になってしまいました。一つのことに没頭するあまり、周りが見えなくなってしまうことが、時たまあります。つまり、それだけ集中力があるということです。その集中力を、今後は全て小説の執筆へと注いで参ります。出版社の皆様、公募等で僕の作品を見かけられた際には、何卒よろしくお願い致します。読者の皆様、エブリスタを始めとした小説サイトでも定期的に作品を投稿して参りますので、よっぽど気が向いたら見てやってください。既に読んでくださった方、スターを投げてくださった方、ありがとうございます。やられたらやり返すどこかの直樹のように、僕もあなたたちの作品を読んでどんどんスターを投げ返していくので、覚悟しておいてください。無防備でも投げます。被害届は一切受け付けません。僕は警察ではありません、軽率です。そもそも払う金もありません。  あ、申し遅れました、私、馬出井掘男(ばでいほりお)といいます。馬の出る井戸を、掘る男です。
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