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もうずっと僕は、この腕のたくましさに憧れていた。雄太の家に遊びに行くと、僕はいつでもイチスケさんを探した。偶然が許すときだけ目にできる彼は、いつも背筋を伸ばして歩いていて、すごくかっこよくて、僕だけの身近なヒーローだった。ある日すれ違いざまに挨拶ができたときは笑って返してくれて、一日中舞い上がっていた。あんなお兄ちゃんがいたらいいなって、ずっと思っていたんだ。
いつからだろう? こうして抱き合いたいと思いが変わったのは。好きだと伝えなきゃと、焦燥感でいっぱいになったのは。
――わからない。でもきっと最初からなんだろう。それからずっと僕は、はじめての恋に囚われている。
「あっ」
立ち上がった前がイチスケさんのそれと擦れて声が出る。これ以上うるさくしたら二階に聞こえるかもしれない。シャッターだって半分開いているし、通りと僕らを隔てているのはガラスのはまった木枠の引き戸だけだ。こんなところじゃ誰かに見られるかもしれない。そう頭をよぎったが、すぐにどうでもよくなった。
そのスリルさえ、覚えこまされた僕の体は、じりじりと媚薬に変換して焚きつける。こんなに硬くなっている『これ』を中で受け入れる感覚を、僕はもう知っている。苦しくなるくらいの質量でこじ開けられ、満たされるのを想像したら、我慢なんてできなかった。
腰を揺らして必死で快感を追いかける。
「ん、んっ……」
鼻にかかったいやらしい声を漏らすと、それを飲みこむようにイチスケさんの唇がまた押しつけられた。性急に差しこまれた舌の熱さに、溶解しそうに熱せられていた僕は引火して、あっという間に弾けた。
「……んんッ」
たまらず唇を振りほどき、天を仰いでその衝撃に耐える。
「あっ、ぁはぁ!」
短く放った悲鳴と同時に身震いするような快感が背筋を伝った。下腹部におもだるい熱が広がる。じんわり生温いものが下着を濡らして、僕はいってしまったんだと知った。
耳にこもる忙しない呼吸を整えながら、生理的に湧き出した涙の滴をまばたきで払う。うるさく体に響く鼓動を感じながらしばらく動けずにいた。
ようやく冷静な頭が戻ってきて、ふと気づけば、僕を囲うように机に手をつきながら、呆然と僕を見下ろすイチスケさんがいた。自分だけが乱れていたことに気がついて、急に恥ずかしくてたまらなくなる。
「あ……、あはは。僕だけイっちゃった」
ごまかすようにわざと明るく言ったが、イチスケさんからの反応は無い。
「イチスケ……さん?」
ぼんやりしている彼をうかがうと突然、密着した体を引き離された。面食らう僕を見た彼の顔がはっきりと狼狽する。
「あ、ごめん俺……」
後ずさるイチスケさんと僕の間に距離が開く。
「違うんだ! ごめん、こんなことするつもりじゃなかった。眠れなくて……ただビールでも買おうと思って家出たら、凛久んちの厨房の明かりがついてるのが見えて、それで俺……」
「いいよ、そんなに気にすることない。びっくりしたけど、僕も会いに来てくれてすごく嬉しかったよ」
必死に謝られてちくりと胸が痛んだ。僕にとってはたいしたことじゃない。もっと強引な時もあるのにどうしてそんなに動揺するのだろう。場所のせい? 店先でしちゃったのはさすがにまずかっただろうか? でも――なんだか嫌な予感がした。
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