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ねじれ
いわゆる『ハッテン場』と呼ばれる場所に、僕は一年前まで入り浸っていた。
イチスケさんは、そこで僕が悪い大人にいいように利用されていたと思っている。でもそうじゃない。
僕は楽しんでいた。あそこは、居心地のいいもうひとつの居場所だった。
”気持ちいいこと”をする。目的はそれだけ。シンプルでいっそわかりやすいーー。『シャングリ=ラ』は成人向けの映画館だったが、暗黙の了解で、男どうしが出会って卑猥な行為を楽しむところでもあった。
そこでは、同性に向ける性欲であっても隠したりしなくていい。ありのままでいていい。僕みたいに普通から弾かれた人間には、優しい隠れ家だったんだ。
親父が倒れて同年代の友達みたいに気楽に遊んでいられなかった僕は、なんで自分ばかりがこんな目に会うんだと、くさっていた。どうせ好きなものも手に入らないのに、なんで僕ばかりが我慢しなきゃならない? 鬱憤ばかりをためこんで、発散する場所が見つからなかった。
きっとそんな僕は行くべくしてあの場所にたどりついた。
そこにいる間は何も考えなくて良かった。誰であろうが必死に快楽を求めあう行為には裏表がなくて、単細胞生物にでもなったかのような原始的な喜びだけがあった。
現実逃避だったのかもしれない。リスクには目をつぶって見ないふりをした。例え逃避であっても、それで生きて行けるのなら可愛いもんだ。誰にも迷惑はかけていない。
それでいいと思っていた。
けれど、何の奇跡か彼と――イチスケさんと恋人同士になることができて、すべてが変わってしまった。
イチスケさんが僕をシャングリ=ラから連れ出したあの日、ありもしないと思っていた羞恥心が一気に押し寄せた。自分のしていたことが恥ずかしくてたまらなくなって、心から後悔した。
焦がれてやまなかったものを手に入れた代わりに僕は、死ぬほど自分が嫌いになった。
イチスケさんは溢れるほどの「好き」をくれる。だけど僕が素直に返せないのは、こんな僕が隣にいていいのかまだ迷っているからだ。
「もうあんな場所には行くな」とイチスケさんが言うから、僕はもう二度と足を踏み入れることはないだろう。でも本当はこう思っている。
本来の自分はあのころの僕で、ねじ曲がってしまっているのは今の状態のほうじゃないだろうか? 無理をして合わせていたって、僕たちは違いすぎる。いつか必ずねじれは修復され、元の姿に戻っていくのだろうと。
優しく愛情を示されるほど、不安は積もっていく。積もった不安は、僕にあのころの衝動を思い出させる。
――忘れたい。さらけ出して、快感の中に埋もれて、すべて忘れてしまいたい。
そんなふうに思う僕は、汚い。彼に比べたら尚のことよくわかってしまう。
汚れきった人間だ。
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