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取り巻きをつれた彼女が、例のディレクターと話しながら連れ立って弁当屋に入ってくる。写真やテレビで見ていた人が立体で自分ちにいるなんてすごく奇妙な感じだ。点灯された強烈なライトも手伝って、慣れた景色がまるで舞台装置にでもなったみたいに違って見える。
邪魔にならないように奥の廊下に引っこんで、ぼんやりと撮影の進行を眺めていた僕は、その時背後から聞こえた声に飛び上がるほど驚いた。
「やっべぇ感動する。若ちゃんのかわいさって、罪じゃない?」
「え、雄太? なんでいるの」
「ほんとだな。やっぱ本物はちがうわ……」
「え、え?? イチスケさんまでなんでいるの!」
目を見開いて振り返った僕にイチスケさんは気まずそうに挨拶をした。
「おはよ。いや実は一昨日おばちゃんから聞いてたんだ、暇なら見に来ればって。凛久は何にも言わなかったから、来て欲しくないんだとは思ったんだけどね。……雄太がね」
イチスケさんがやれやれと顎で指すのは、彼の弟の雄太だ。
僕とは同い年で小学生からの腐れ縁。しょうもないヤンキーだった僕にも恐れず話しかけてきた変わり者だ。それ以来、どんな時でも友達でいてくれた貴重な存在でもある。だが今は、興奮丸出しのめちゃキモイ目で撮影を食い入るように見ていた。大事にかかえてるのは色紙か? 彼女が引くぞ。
「ぽろっと雄太に話したらどうしても行くって聞かなくてさー」
「何言ってんの兄ちゃん。行かない選択肢なんてないでしょ。バイトだって急遽休んだんだぞ俺は!」
唇をとがらせて兄に抗議したあと、キッと僕を睨んで雄太は言った。
「凛久オイッ。こんな大事なイベントは、まず! 親友の俺に知らせなきゃだめだろうが!」
「……そんなに若松愛花、好きだった?」
「好きに決まってんじゃん! 昔から大ファンだっつーの!」
疑わしいなと目を細めて雄太を見たら、遠くから僕達に向けてスタッフが声を張りあげた。
「そちら、お静かにねがいまーす」
「…………」
「ほら撮影の邪魔しちゃだめじゃないか」と小声で雄太を小突いているイチスケさんだったが、彼もワクワクが抑えきれていないのは同じだ。
別に悪気があって秘密にしていた訳じゃない。僕にとっては面倒な予定だというだけで、ふたりがこんなにも興味があるとは想像もしていなかった。
でもまあ、この兄弟ならそうなのかもしれない。
昔から何かあればどこにでも首を突っ込んで行っていた。面白そうなことにも、面倒ごとにもどっちにもだ。僕からしてみれば放っときゃいいのにと思うことも、自分で確かめないと気が済まないらしい。
人に関われるほどバイタリティがあると言うか、面倒見がすごくいい。できるだけ波風たたないように生きている人間が大多数の世の中で、それはとてもすごい事なんじゃないだろうか。
だからなんだろうな、と僕は思う。
だからこんな僕にだって、ずっとつきあってくれているんだ。
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