少女の終わりを告げるとき(番外編)

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「……どうして修くんは我慢するの。航くんのため? それとも私のため?」  だったらそんなもの必要ない。 「どっちもだよ。それと、いちばんは俺のため」 「伯母さんと修くんは何の関係もないじゃない」  私がそう言うと、修くんはそれはちがうよ、と穏やかな声で否定した。 「遼子さんは、航にとってまりちゃん以外にたったひとり濃い血の繋がりを持った相手でしょう? まりちゃんにとっても同じだよね。血の繋がりがすべてじゃないけど、身内っていうのは大切なものだよ。いるのといないのとじゃ、全然ちがう」  修くんの言葉で、彼が早くに両親を亡くしたことを思い出す。兄弟はおらず、彼のセクシャリティーも関係しているのかもしれないが、親戚づきあいもろくにないようだ。 「俺のことでふたりが遼子さんと疎遠になったら、誰よりも俺が哀しいんだよ。だから、認めてもらえるまで頑張ろうと思って」  見上げると、柔和な笑みが視界に映った。修くんは背中に回していた腕を下ろすと、指で私の目許を拭った。 「……ずっと変わらないかもしれないよ」 「航やまりちゃんと暮らし始める前に、たくさん悩んだし、たくさん考えたよ。遼子さんに反対されるのはわかりきっていたし、下手をすれば俺のせいで航とお義姉さんの間に罅が入るかもしれない。それでもいいのか、って。たくさん考えたけど、でも、やっぱり俺は航やまりちゃんといっしょに暮らしたかった。我が侭だけどね」 「我が侭なんかじゃないよ」  好きな人と一緒にいたい。もしもそれが我が侭になるのなら、世間のほうがまちがっている。 「そのときに決めたんだ。どれだけかかっても、遼子さんに認めてもらえるまで頑張ろうって。時間はかかるかもしれないけど、いつか遼子さんと心からの笑顔で言葉を交わせる日がくるって、俺は信じてるよ。だから、まりちゃんも信じて」  穏やかな笑みの中には強い意志がきらめいていた。  武器を手に取って振るうだけが戦いではないのだと私が知るのは、もう少し大人になってからのこと。 「……修くんって気が長いね。伯母さんが認めてくれたときには、ふたりともおじいちゃんになってるかもしれないよ」  私の言葉に、それでもいいんだ、と笑って言う。 「死ぬまでにわかってもらえたら、それでいい」  牧師の言葉が途切れる。  優しい手が私のベールをそっと持ち上げる。  視線の先にあるのは、共に人生を歩むと決めた人。  今日という日は私の人生へ真っ直ぐに引かれた境界線だ。  これからは今までのようにただ幸せを与えられるのではなく、彼とふたりで紡ぎ上げていかなくてはならない。  私たちはどんな色の、どんな香りの幸福を紡げるだろうか。  できることなら航くんと修くんが紡ぎ上げてきたような、馨しい香りの立ちのぼる幸福を紡ぎ上げたい。  視線が絡まる。  彼は柔らかく微笑むと、そっと顔を近づけた。  目を閉じて、唇を受け止める。  耳の奥でかろやかに鳴ったのは、少女時代へ終わりを告げる音だった。    少女の終わりを告げるとき 終
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