いつもふたりで(番外編)

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「押井さんは男はこいつが初めてなんでしょ」  瀬良はカクテルをひとくち飲んでから、航に目を向けた。  なんだよこいつって。修一さんは今はもうあんたの恋人でもなんでもないのに。  神経がちりちりする。 「いったいどこがよかったの?」 「なんだよ、俺にいいところがひとつもなさそうな言い草は」  修一が横から口をはさんだ。目を細めて瀬良を睨みつけているが、口許は笑っている。 「誰もそんなことは言ってないだろ。ヘテロがゲイに転向するってよっぽどのことだからさ。俺の知らない修の魅力があるのかな、って思って。例えば宝くじで一等前後賞が当たったとか」 「瀬良さんにとって魅力イコールお金なわけ?」 「誰にとっても金は魅力だろ」 「まあね」  修一は肩をすくめた。瀬良の目がふたたび航へ向く。 「で、どこがよかったの?」 「どこって……」  修一の魅力を思いつくまま挙げていってやろうか。そう思ったがやめた。わざわざ瀬良に修一の魅力を教えてやる必要はない。 「ただ好きなだけですよ。人を好きになるのに理由なんて必要ない」  瀬良は目を軽く見開くと、次の瞬間、破顔した。 「情熱的だね。そんな風に想える相手がいるのは羨ましいよ」  航はあれ、と思った。ずいぶん世慣れた男に見えるが、その言葉は素直な本音に聞こえた。 「瀬良さんにはいないんですか?」  訊いてからしまったと心で舌打ちする。君の隣にいる男だよ、と返ってきたらどうするつもりだ。 「生憎といないよ。そんな相手はジュラ紀にまでさかのぼらないと存在しない」  返ってきた言葉に思わず笑ってしまった。 「ジュラ紀ですか」 「俺くらいの歳になるとね。高校生のころの想い出なんて化石みたいなものだよ」 「瀬良さん、たいして俺と変わらないじゃないですか」 「そうでもないよ。押井さんも三十過ぎればわかるんじゃないかな。歳をとると若かったころが光速で遠ざかっていくんだ」 「でも、高校生のころにはいたんですね」  航はふたたびあれ、と思った。いつの間にか前からの知り合いのように会話している。  どうやら瀬良は見た目がいいだけではなく、自然と他人を打ち解けさせる術を会得しているようだ。 「ああ、いたよ。大好きだった人が」  その人とどうなったのか、と訊きかけてやめた。あまりに無粋な質問だと思ったからだ。 「短い時間でずいぶんと仲良くなったね」  呆れた声を出したのは修一だ。カクテルグラスを揺らしながらからかうような視線を向けている。 「ちょっとお手洗いにいってくるよ」  放っておいても喧嘩にはならないと判断したらしく、修一はスツールから立ち上がった。  修一の姿が完全に見えなくなるのを見計らって、瀬良へ向き直る。今のうちにどうしても訊いておきたいことがある。 「瀬良さんは修一さんのことをどう思ってるんですか?」  瀬良は右の眉だけを器用に動かした。 「押井さんが考えているような意味じゃ、興味を持ってないよ」 「でも、つきあってたわけですよね」  航は嘘の欠片も見逃すまいと瀬良の目をまっすぐに見つめた。瀬良もまた臆することなく航を見つめ返した。 「つきあってた、なんて言えるほどのつきあいでもなかったよ。押井さんの前でこんな言いかたしていいのかわからないけど、お互い淋しい夜を埋めるだけの相手だった」 「でも、修一さんだったんですよね。瀬良さんなら他にいくらでも相手がいるのに。それにあの日……俺にわざと見せつけましたよね」  いったんは落ちついた嫉妬の炎がふたたび燃え上がる。  瀬良がどう言おうが、瀬良にとって修一がどうでもいい相手じゃなかったのは明らかだ。 「ああ、あれ」  瀬良は腹が立つほどこともなげに言った。 「前にさ、この近くで偶然出くわしたことがあったよね。あのときひょっとして、って思ったんだよ。ひょっとして押井さんは修のことを好きなんじゃないかって。俺に焼きもち妬いてるみたいだったから」  だから煽ってみたんだ、と瀬良は言った。 「修が押井さんを好きなのは知ってたからね。これをきっかけにふたりがくっつけばいいな、って思って。その通りになったでしょ?」  少しも悪びれない笑みを浮かべる。航は忌々しい思いでその顔をながめた。 「いったいなんのために……」 「修のためだよ。あいつの報われずに終わるはずだった恋が報われればいい。そう思っただけだよ」
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