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「そんな一途な人にはとても見えないけど……。あ、でも、そうか」
「なんだよ、いきなり大きな声を出して」
「瀬良さんって俺たちのキューピッドなんだな、って思って」
修一は目をまんまるく見開くと、たまらずといった様子で吹き出した。
「キューピッドって。キューピッドにしちゃ可愛げがなさすぎるだろ」
「どっちかって言わなくても悪魔とか吸血鬼の仮装のほうが似合うよなあ……」
瀬良の背中についている翼はまちがいなく黒いはずだ。
航はグラスを口へ運んだが、すでに氷しか残っていなかった。
「マスター、おすすめのカクテルを作ってもらえますか?」
「あ、じゃあ、俺にも同じものを」
マスターは笑顔でかしこまりましたと告げると、後ろの棚から瓶を取り出した。
しばらくしてふたりの前にカクテルグラスが差し出された。注がれたカクテルはシトリンの色をしている。
「サイドカーです。ベースはブランデーで、ホワイトキュラソーとレモンジュースを一緒にシェイクしたものです」
「へえ……」
ひとくち飲んでみたが、アルコール度数はそれなりにありそうなのに口当たりがよかった。うかつに飲むと後から腰にきそうなカクテルだ。
「カクテルにはカクテル言葉があることをご存じですか?」
「いや、初耳です。花言葉や宝石言葉みたいなのがカクテルにもあるんですね」
目の前のカクテルをしげしげとながめる。そう言われてからながめると、半透明の液体は花弁や宝石を溶かして作ったようにも見える。
「サイドカーのカクテル言葉は?」
修一がカクテルグラスに指を添えて訊ねると、
「いつもふたりで、です。どうぞお幸せに」
マスターは人好きのする笑顔を浮かべて答えた。
いつもふたりで。きっとマスターは祝福を伝えるためにサイドカーを選んだのだ。
「ありがとう、マスター」
修一の顔に華やかな笑みが浮かぶ。幸せそうな笑顔なのに、いや、だからこそ胸を衝かれた。
どうかこの人がこれから先も俺の隣で笑っていてくれますように。
修一さんと鞠花と俺の三人で幸せな家庭を築けますように。
「ねえ、修一さん、やっぱり一緒に暮らしましょうよ」
「は? なんだよいきなり」
「いきなりじゃないですよ。前から何度も言ってるじゃないですか。ほら、マスターからも祝福されたことだし」
「それとこれとは関係ないだろ。……ほら、改めて乾杯しよう」
修一は無理やり話を終わらせると、カクテルグラスを持ち上げた。
修一を口説き落とすにはまだまだ時間がかかりそうだ。航は内心で溜息を吐いた。優しそうな顔をしてほんとうに頑固なんだから。
まあ、でもいい。頑固さだったら自分だって負けていない自信がある。気の長さもだ。
「今度はなにに乾杯するの」
「そうだな……」
修一は上を向いて少し考えこむ様子を見せた。視線を航へもどすと悪戯っぽく微笑む。そういう表情をしていると、とても年上とは思えない。
可愛いな。この場で今すぐキスしてしまいたいくらい可愛い。
嫉妬はまだ心の中でくすぶっていたが、修一に対する愛おしさが嫉妬に覆い被さりながら広がっていく。
「俺たちのキューピッドに」
「……悪魔みたいなキューピッドに、だね」
航は笑ってグラスを持ち上げると、もうひとつのグラスに軽く打ちつけた。
「俺たちのキューピッドに乾杯」
「乾杯」
小気味いい音がカウンターに響く。
あの人にも新しい恋がおとずれるといい。せめて淋しい夜を紛らわせなくてもいいようになればいい。
脳裏に浮かぶのはダークグレーのスーツに身を固めたキューピッド。
航はひっそりと瀬良の幸福を願った。
いつもふたりで 終
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