鞠花は動きやすそうなトレーナーにズボンという格好で、リボンのついたショルダーバッグを肩からかけている。肩まで伸びた髪は、今日は花の飾りがついたゴムでふたつにわけて縛ってあった。
「ただいま、まりちゃん」
「ねー、しゅうくん、まりちゃんお腹空いた!」
「伯母さんの家でなにか食べなかったの?」
「苺食べたけど、ちょっとだけだもん。しゅうくんのごはん食べたいから食べなかったの」
その言葉を聞いて、修一は押井家に寄ることにしてよかったと心から思った。
空腹は子供にとってかなりの苦痛なはずなのに。修一が訪れなかったら無駄につらい思いをさせてしまうところだった。
(可愛いな……)
鞠花を見ていると心が和む。それと同時にやりきれない淋しさが湧き上がる。
いくら懐いていてくれてもしょせん他人の子供だ。
航はまだ若い。いずれは再婚するだろう。そうなったらいまのように頻繁に会うことはできなくなる。
修一は子供が好きだったが、いくら好きでも修一には子供を生むことも生ませることもできない。
ゲイという性嗜好は成人するころには開き直って受け入れたが、二十代半ばを越えて周囲がぼちぼち結婚し、更には子供が生まれるようになると、たったひとりでこの先ずっと生きていく己の身がひどく心許なく、侘びしくなった。
もちろんゲイでも夫婦のように暮らしている人たちは大勢いる。修一の知人にも指輪を交換し、養子縁組を組んでずっと共に暮らしているカップルがいる。
それはそれでひとつの幸福の形だと思うし、彼らを羨ましくも思う。
修一には絶対に手に入らない幸福の形。
修一は終生のパートナーを手に入れるのは端から諦めている。
その手のバーで知りあった相手と体を重ねることはあっても、恋に落ちたことは一度もない。
修一の好きになる相手はいつでも決まって航のような異性愛者ばかりだった。
玄関を閉める音が聞こえた。姉夫婦への挨拶が終わったらしく、航がこちらへ向かって歩いてくる。
「待たせちゃってすみません」
航は鞠花を助手席から下ろした。
ここから先、航と鞠花は徒歩で家まで向かう。修一の車にはチャイルドシートをつんでいない。
鞠花のために買うことも考えたが、さすがに引かれそうなのでやめておいた。
「パパ、今日もしゅうくんきてくれたよ!」
「よかったなー。きっと鞠花がいい子にしてたからだな」
「まりちゃん、いい子にしてたよ!」
はしゃぐ声と、父親らしい航の口振りが修一の心を和ませる。
「じゃあ、先にいってるから」
修一はふたりに手を振ると、車をゆっくりと発進させた。
姉の家から航の家まで徒歩で三分、車なら一分とかからない。
航の家は二階建ての一軒家だ。やや古びているのは亡くなった両親から遺産として受け継いだものだかららしい。
航と鞠花の到着を待って、修一はさっそく食事の支度に取りかかった。押井家に立ち寄る日、夕食作りは修一の役目と決まっている。
どうして職場の後輩の家で食事を作るようになったのか。
きっかけは冷蔵庫だった。
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