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3品目 半額男爵
「ちょっと!袋一枚じゃ入らないわよ!!!」
謂れなき怒号を耳にした洋子は、速やかにレジ袋をもう一枚追加し、笑顔でもの想いに耽った。
この仕事を始めてはや五年、社会の歯車運転免許はATゴールド取得済みだ。
肝要なのは、事故が起きても心を折らないことと、スマイルは無料でご提供し、眉間のシワはどんなにお金を積まれても見せないことだ。
洋子は先ほどレジを交代したばかりで、この歳上らしきおねえさまが今日の一人目のオキャクサマだった。仕事始めがこれではやる瀬ない。こういう日のレジは陸の孤島、対岸からの集中砲火をひたすら堪えるしかない。
それにしても、レジ袋一枚もらうために、一体何カロリー消費するつもりだろう、と思いながら洋子がどうにか話を切り上げようとすると、
「ご婦人」
と金切り声を諫める渋い声が響いた。
声の方を見ると、褐色のスーツを着こなした老紳士が、優しく鋭く、やかまし婦人を見据えていた。
それだけで気まずくなった彼女はそそくさと会計を済ませて退散した。
洋子は感謝に目を輝かせながら、老紳士の家庭を想像する。
きっと品行方正な息子は巣立ち、今はワイフとアンティーク家具に囲まれて優雅な一日を過ごしているのだろう。夕日の沈むバルコニーで、どちらからともなく手を繋ぐ老夫婦、よいではないかよいではないか。
そんな空想に浸っていると、彼がレジに買い物カゴを置いた。
カゴの中にあった商品はたった一つ。
弁当が半額だった。
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