定例役員会議

1/2
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ

定例役員会議

「くそっ!どいつもこいつも、うまく丸め込まれてやがる・・・酒井の奴め・・・」 左近昭(さこんあきら)はつぶやく。その隣には、義理の息子である土屋剛(つちやつよし)が、うつむいたまま並んで歩いている。  二人はJR武蔵浦和駅から、JR南浦和駅方面に向かい、自宅へ戻る途中であった。左近は全身に怒りをみなぎらせており、自然と歩くスピードが速くなるが、20以上も年の離れた義理の息子は、もはや歩く元気もないのか、ついて歩くのがやっとという感じだ。 「剛、戻ったらすぐに先生に連絡しろ。次の打ち合わせをしたいとな」 「お義父さん。もうやめましょうよ・・・もう無理ですよ。弁護士先生に相談したところで・・」 と力のない声で返事をするので、 「バカヤロウ!お前はもうあきらめるのか!?この俺が、この信用金庫をここまで大きくしたんだ!俺以外にトップを務まる奴がいるものかぁ!だいたいなぁ・・・」 (お前がもっとしっかりしていれば・・・) という言葉は、かろうじて何とか飲み込んだ。   二人は中山道の交差点で信号待ちをしているが、左近は早く次の対策を協議したかった。今はこの信号待ちの時間でさえ、彼にとっては怒りを増幅させることでしかない。 こうしている間も、つい思い返してしまうのは、あの場面だ・・・ 「今月の議題は以上となりますが、他に何かございますでしょうか?」 ここはJR浦和駅からほど近い、埼玉県の北は大宮から、南は一部東京の足立区や、練馬区を営業エリアとしている、埼玉県南信用金庫本店の10階の会議室で行われている、月に1度の役員会議で、司会進行を務めている副理事長の宮代雄一(みやしろゆういち)は、あまり感情のこもらない声で言った。   2年前に義理の息子の剛君に、理事長職を譲り、俺は会長となったが、この役員会議には、アドバイザーという形で参加している。他には、理事長の剛君の他に、9名の役員が毎回出席している。   俺の後ろには、初代理事長であり、この埼玉県南信用金庫の前身である、浦和信用組合を設立した神明万次郎(しんめいまんじろう)の写真が飾られている。神明氏は元々この浦和地区の大地主であった。長男は空襲で亡くなったが、徴兵されていた次男の万次郎氏は、幸いにも健在だったため、復員後に、この浦和地区の住民の相互扶助、復興を願い、私財を投げ出し浦和信用組合を設立した。しかしその万次郎氏も、戦地で右手の指の半分失う、大ケガを負ったため、その写真は左手で右手を隠すように組まれている。   14時から始まった定例会議も、15時を迎える頃には、議題も全て終わろうとしていた。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!