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死に戻り
「中村先生がお見えになりましたよ。」
午後2時、昼食後、自室で調べものをしていた俺に、妻が声を掛けてきた。
酒井とやりあった夜から、3日たっていた。
個人的に付き合いのある、弁護士を自宅に呼び、これから復職するための方策を、相談することにしている。
自宅の応接に入ると、銀縁眼鏡を掛けた男が座っており、俺を見ると立ち上がり、
「会長!お久しぶりです!」と言って頭を下げた。だがすぐに、
「申し訳ありません。会長ではなかったでしたね。失礼しました。」
と言い、さらに頭を下げた。
「構わん、頭を上げてくれ」と言って、
中村弁護士の真向かいのソファーに腰を下ろした。
妻が、お茶をテーブルに2つ並べ、部屋を出て行ってから、俺は切り出した。
「中村先生はどこまでご存知ですか?」
「はい、先日の役員会議で、お二人が役員を解任されたことは承知しております。」
中村弁護士は、姿勢を正して言った。
「そうか、なら俺が今日、先生に来てもらった理由も分かるよな?」
「はい。どのような方法で、信用金庫に復職できるかの、ご相談でございますよね?」
中村弁護士は、全て理解してますというような顔をしている。
「うむ。」と俺はうなずき、解任されたあと、役員を取り込もうしたこと、その次の日の夜の、酒井とのやり取りを話した。
「そうですか…そうなると役員会議での復職は不可能ですね。信用金庫内部からの、復職の手段がないとなると、外部からの復職の方法を考えるしかありませんね。」
中村弁護士は、腕組みしながら言った。
「うーむ。外部かぁ…」
俺も顔を上に向け、天井を見ながら考える。
すると中村弁護士が、
「左近さん。総代から復職を申し入れてもらうことはできませんか?」
と聞いてきた。
総代とは、いわゆる株式会社でいうところの、株主のことである。通常、年に一度、主に6月に、各支店の総代の代表を集めた、総代会(株主総会)が開かれ、決算の報告や、次期役員人事などが発表される。総代の信任を得て、承認されたことになる。
「総代かぁ…」
俺も腕組みしながら、やはりそれしか方法がないと思った。ただ問題は、各支店の総代をどうやって説得し、動いてもらうかだ。正直な話、各支店の総代の住所など覚えていない。総代会に毎回出席している代表も、形式上、出席してもらっているだけなので、総代会の当日は、各支店の支店長が、車で会場と自宅まで送迎し、そのうえお車代として20万円渡している。
そのため、毎回何事もなく終わるが、わざわざ我々二人を復職してくれるよう、面倒なことをしてくれる総代が、果たしているだろうか…。
先程の調べものも、何か総代の住所が分かるものがないか、昔の資料などを引っ張り出して見ていたのだ。
「左近さん?」
腕組みして、目を閉じている俺に向かって、中村弁護士は話かけてきた。
「わかった、先生は緊急で総代会を開いたときの準備を進めてくれ。」
と俺は先生に、議案作成などの準備をお願いした。
俺も全ては知らないが、一部の総代の住所は、何度か挨拶にも行ったことがあるので知っている。まずはそこから訪問し、お願いするしかない。
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