死に戻り

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翌朝、俺と剛は、京浜東北線の蕨駅の東口に降り立った。 出掛ける際に、「車で行かないのですか?」 と、剛が聞いてくるので、 「これから総代に会い、我々のお願いを聞いてもらおうというのに、偉そうにベンツで行けるか?玄関の前に止めないにしても、誰が見てるか分からん!もう少し気を使え!」 と、俺は剛に怒鳴った。 駅前のロータリーを、右前方に進み、本屋、ゲームセンターを見ながら、西川口方面へと歩いていく。5分程歩き、左に曲がると、川島と表札の掲げられた、平屋建ての大きな屋敷がある。蕨支店の総代の家だ。 川島の表札の横にあるインターホンを押す。 「は~い」と女性の声で返事があり、 「私、左近と申します。埼玉県南信用金庫の…」と言ったところで、女性の声は、 「あ~はいはい、今参りますので、お待ちくださ~い。」 と明るい声を残し、インターホンが切れた。 すると、すぐに玄関の扉が開き、中から急ぎ足で、女性が出迎えてくれた。何度か訪問した際に、会ったことがある、川島氏のご夫人だ。 「お世話になっております。」 と言って、我々は頭を下げ、 「ご主人はご在宅ですか?」とたずねた。 「はいはい。おりますよ。どうぞ中へお入りください。」 と家の中へ案内された。 庭の見える和室に通され、しばらくすると、お茶を持った川島氏のご夫人と、蕨支店の総代の川島氏が入ってきた。 川島氏は、夫人とともに、我々の正面に座り、 「どうもお世話になっております。」 と言い頭を下げた。 しばらく他愛もない世間話をした後、 「さて、本日はどういったご用件ですか?」 川島氏は切り出した。 一呼吸おき、俺は話始めた。 「私と、この隣に座る土屋は、先日の役員会議で、会長職、理事長職を解任されました。このことは、ご存知でしたか?」 「ええ、聞いております。非常に驚きました。」 と、川島氏夫妻は二人で頷いている。 「そうですか…では、大変お恥ずかしい限りですが、本日はお願いがあり、お伺い致しました。」 俺と剛は姿勢を正し、さらに続ける。 「先日の役員会議で私達二人は、埼玉県南信用金庫の会長職、理事長職を解任されましたが、これは私達にとって、大変不本意なことであります。私も、この土屋も、地域のために、お客様のために、汗水垂らして、まだまだ働くつもりでおりました。解任されたことは、本当に残念でなりません。今回の件は、私達の不徳の致すところでございますが、どうか私達二人を、埼玉県南信用金庫に復職させて頂きますよう、何卒お力をお貸しください!」 と言い、俺と剛は膝に手をつき、頭を下げた。 しばらく沈黙が訪れる。そして、 「頭を上げてください。」 と川島氏は言った。 頭を上げると、困ったように川島夫妻は、顔を見合わせていた。そして、 「実は…」と川島氏が話始めた。 「役員会議があった後ですね、酒井さんから電話があったんです。これからお伺いできないかと。6時過ぎに酒井さんが、お一人でお見えになりました。その時に、お二人が解任されたことを知ったんです。」 (遅かったか!) と俺は顔をしかめたが、川島氏は気づかないようで、夫人の方を向き、 「あれを持ってきてくれないか。」 と指図をした。 夫人は立ち上がり、隣の部屋から、A4くらいの大きさの小冊子を持ってきて、我々の座る机の上に置いた。 見ると、その小冊子の表紙には、 <埼玉県南信用金庫新体制経営方針> とタイトルが書かれてあった。 いつの間にこんなものを…俺は思いながら 「拝読させていただいても?」 と川島氏に聞いた。 「ええ、どうぞ。」 川島氏は、手のひらを上にし、読むように促した。 「失礼」と言い、俺は手に取り、その小冊子を読み始めた。 そこに書かれている内容に、小冊子を持つ俺の手は、徐々に震えてきた、横から覗き込むように見ている剛の目も見開かれ、顔も驚きに満ちている。 信用金庫の人事権を握り、部下に忠誠を誓うように、上納金を納めさせていること。このままでは、組織が駄目になると考え、我々二人を解任したこと。そして新体制になってからの、実現させていきたい計画などが書かれていた。 俺は何の言葉も発することができず、その小冊子を机に置いた。 すると、川島氏が口を開いた。 「左近さん、そこに書かれている、あなたへの糾弾は、全てが真実であるとは思いません。会社という組織には、多かれ少なかれ、人事をめぐる争いはあるものです。私は、埼玉県南信用金庫の総代として、誰がトップであろうと、応援していきます。 ただ、この小冊子の中に、私が興味を持つ内容が書かれていました。それは新体制になってからの、実現させたい計画です。」 川島氏は小冊子を取り、ページを捲った。 そして該当箇所を指差し、読み始めた。 「《取引している地域のお客様同士を、一同に集め、ビジネスに繋げるための場を設ける》と書かれてます。」 川島氏は顔を上げ、にこりと笑い、 「私は、これは非常に良い計画だと思いました。 信用金庫は、銀行と同じように、預金を集め、融資をするだけなら、これからの時代、生き残って行くことは難しいでしょう。 預金や融資以外にも、お客様の為になる、サービスを打ち出していかないと。この小冊子を読んだとき、非常に大きな期待を持ちました。そして、この新体制を応援したいと、私は思っております。」 川島氏は、はっきりと意思を持った目で告げた。 「左近さん、あなたからの申し出ですが、お断りさせて頂きます。 しかし、この新体制がうまくいかず、信用金庫の業績も落ち、我々総代が、不満を抱くようなことがあった時に、まだあなたに立つ意思があるのなら、私はあなたを応援したいと思います。 今はこの新体制を見守られたら、いかがですか?」 最後は私達二人を諭すように言った。 「そうですか…」 俺は絞り出すように、声を発した。 が、「分かりました」とは言えない。 川島氏の協力が得られないのであれば、 他の総代に頭を下げるしかない。 我々は席を立ち、川島氏の自宅を後にした。
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