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「元々この定期積金は、1年で契約されておりました。ですがある時から、5年契約の定期積金になり、1年で解約するということを繰り返すようになりました。もちろん、それはこの隣にいる宮本君の時からではありません。前担当者、さらにその前なのかは分かりませんが、とにかく彼のせいではありません。」
と、酒井は部下を庇い続けた。
だか、俺は怒りが収まらず
「だったら!何故新しい定期積金の申込書も同じ5年なんだ!?また来年納税に使うなら、1年にするべきだろう!?」
と、二人に対して怒鳴った。
店内では、我々の不穏な空気を察し、誰もが口を閉ざし、自分の仕事に集中しているように振る舞う。
すると、
「申し訳ありません。数字のためです。
満期額を減らす訳には、どうしてもいかず、
承認しました。」
と言い酒井は頭を下げた。
確かに、定期積金の満期で受け取れる金額を目標にし、職員にはノルマとして課している。だから満期が1年よりも、5年のほうがいいのは分かる。しかし、それは顧客の意向を無視したもので、あってはならない。
「では、君達は自分のノルマのため、自分の都合のために、お客様の意向を無視した定期積金を作ったってことか?」
俺は声を低くし言った。これは十分に罰則を与えられるものだ。
「いえ、お客様はご理解頂いております。それでも構わないとおっしゃって頂いているんです!」
酒井は懇願するように言う。
「どこの支店でもやってますよ。」
今まで黙ってた宮本が突然口を開いた。
「なに?今なんて言った?」
と、俺は宮本を睨んだ。
「馬鹿!やめろ宮本!」
同時に酒井は、宮本を制するように言った。
しかし宮本は酒井の制止を聞かず、身を乗り出すように、俺に迫ってきた。
「どこの支店でも同じことをしている、と申し上げました。私が前にいた支店でもそうでした。それは酒井副支店長だって知っております。支店長はずっと本部にいらしたから、知らないんです。僕だってこんな意味のないことしたくありません。支店長は専務なんでしょう!だったらこういう意味のないことを、やめさせることが、あなたたちの仕事じゃないんですか!?」
宮本は吐き出すように言ったが、
「もういい!自分の席に戻れ!」
と酒井が無理矢理、宮本を引き離した。
俺は宮本の言葉を反芻する。
(どこの支店でも同じことをしている)
(ずっと本部にいたから知らないんだ)
それがもし事実であるなら、どれだけ顧客の意思を無視した定期積金があるというのだ…
俺は酒井を席に戻らせ、店内事務課長に定期積金の口座の資料表を持ってくるように指示した。
その資料には、入金が遅れている口座や、満期が過ぎても解約されていない口座などが一覧で確認できるようになっている。
しばらくすると、B4の大きさの書類の束を、私の机に持ってきた。
その資料を捲った俺の手は震えた。
「なんだ?これは・・・」
思わず声に出てしまった。
そこには、初回だけ入金されて、あとはまったく入金されていない口座、満期が来たのに払い出されていない口座、それらが数え切れない程、存在していることを示していた。
俺は背中に冷たいものを感じた。
この南浦和支店だけで、これだけの数があるということは、信用金庫全体で、いったいどのくらいあるというのだ・・・
そして、この定期積金の数字を元にして、預金残高などの予測の資料を作成している、本部の連中は、この事を知って作っているのか?
翌朝、俺はこの資料を持ち、理事長の元へ向い、顧客の意向を無視した定期積金が、全店に多数存在することを説明した。
当然理事長は知る由もなく、俺の説明に口を開けて呆然としていた。
午後には緊急の役員会議が開かれた。
集まってくる他の役員の中には、知っている人間はいた。何故報告しないのかと、問い詰めたが、バツが悪そうにすみませんというだけだった。
この緊急役員会議で決まったことは、定期積金の整理。
顧客の意向通りの契約内容にすること。満期が過ぎている定期積金は、定期預金に切り替えるなど、処理をすること。入金が遅れている定期積金は、顧客に確認し解約すること。
以上のことが決定し、俺は南浦和支店の支店長として、先頭に立って対応にあたった。お客様は、担当者に頼まれて断れなかった私のせいだとか、中途解約して金利が安くなろうと、今は変わらないから関係ないなど。誰もその問題の定期積金を作った担当者を、責めるお客様はいなかった。
いい顧客に恵まれており、幸いにも苦情になることはなかった。
南浦和支店の定期積金の処理が終わったある日のこと、失礼しますと言い、酒井が目の前に立っていた。
「定期積金の件ですが、ありがとうございました!支店長のお蔭です。
宮本もこれで救われます。」
と言って俺の前で、深々と頭を下げた。
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