缶ケースの中身

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缶ケースの中身

「支店長失礼します。少しよろしいでしょうか?」 午前11時すぎ、お客様も疎ら(まばら)な店内で、酒井が俺の前に立った。 嫌な予感しかしない。こいつが来るときは、いつも何か問題が起こる。 せっかく定期積金問題も、年金問題も落ち着いたところなのに・・・ 「何だ?」と、俺は嫌そうな顔をして、返事をすると、 「ご同行をお願いしたいお客様がおります。」 酒井は神妙な顔をして言った。 「何か問題でも起こったのか?」 と俺が聞くと、 「はい。少々困った事態となっております。」 酒井は言った。 この酒井が相当困っているのだ、大変な問題なのだろう。実は俺はもう、 酒井の放逐など、ほとんど考えないようになっていた。まだ少しの時間だが、一緒に仕事をするようになり、酒井の優秀さは良く分かった。 放逐するよりも、手元に置いておいたほうが、今後も良い仕事してくれるはずだ。俺が裏切られないように、気を付ければいいだけのこと。 「分かった」と言うと、 「14時にお伺いすることになっております。」 と酒井が言い、一礼して自分の席に戻って行った。 仕方がない、何か問題があれば、トップが責任を持って応対しなければならない。これも仕事だ。 俺と酒井の二人は、14時に着くように、支店を出た。道中酒井が、 「ご足労ありがとうございます。今回の件は、もはや私ではどうすることもできず。」 と、歩きながら頭を下げた。 しかし俺にしてみれば、不安を煽る言葉にしか聞こえない。 俺はたまらず、「どういった件なのだ?」と、聞くと 「出資金の件です。」と、酒井は答えた。 出資(金)とは、株式会社でいうところの、株式のようなものです。 ただし、株式と違って誰でも持てるものではなく、その信用金庫のある地域に住んでいる人で、取引がある人というように条件があります。株式と同じように、年に1度配当があります。 増田と書かれた表札の一軒家の家の前で、酒井が立ち止まった。 「こちらのお客様でございます。」と酒井が言った。 その家は、昭和30年代~40年代に建てられたような、いわゆる年季の入った家であった。 酒井がインターホンを鳴らすと、男性の声で、 「どうぞお入りください。」と言われた。 中に入るとインターホンの声の人物である、増田氏が出てきて、我々2人を居間へと案内した。俺は訪問先のお客様の名前を聞き、取引状況を事前に確認していた。年金なども当金庫で受け取り、定期預金も預けてくれている、いわゆる優良顧客である。その優良顧客の困ったこととは、いったいどういうことか?俺はいろいろ考えていると、 「独り者なのでお構いもできず、すみません。」と言い、 増田氏自身が、我々にお茶を出してくれた。 その様子から俺は、クレームではなさそうだなと思った。 しかしながら・・・ 「酒井さん、先程はすいません。急に呼び止めたうえに、またこうして支店長まで連れて来ていただいて。ずっとどうしようかと思っていたのですが、さっき酒井さんを見つけて、よし、話してみようと思ったんです。」 と、増田氏は言い、 「今、持ってくるので、お待ちください。」 部屋の奥から、B5くらいの大きさの箱と、お菓子が入っていたであろう 円柱形の缶のケースを持ってきた。
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