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(宮代の奴、なんかいつもと様子が違うな)その時はふと思ったが、俺には次なる目的があるため、あまり気にも留めず、南浦和支店の支店長で役員でもある門瀬忠雄の顔をみた。あいつは俺の犬だ。俺の言うことはなんだってやる奴だ。門瀬にはここで手を挙げ、緊急動議を提案してもらう手はずになっている。その内容は投資部部長兼執行役員の神田洋一の解任動議だ。理由はこの10年で、投資で大きな穴(損失)を空けたから。
銀行・信用金庫はお客様から預かったお金を、他のお客様へ貸し出し、その金利の差が収益となっている。しかしながらバブル崩壊以降、預金も貸出金利も著しく低下したため、もはやその金利差だけでは、収益を上げることができない。本支店合わせて45店舗、1000人以上いる職員を食わせていくためには、ある程度リスクのある債券に投資することも必要であった。
もちろん全て神田の責任ではない、むしろ責任があるといえば、理事長で義理の息子である剛君のほうだ。彼には、俺の後継になってもらうため、勉強の一貫として投資部で仕事をさせていた。彼が前任で投資部長をしていた時のほうが、はるかに損失が大きい。
だが、それは仕方ない。誰かが責任を取らねばならないし、かわいい剛君には、この先も、この埼玉県南信用金庫に君臨してもらわねばならない。
俺が生きているうちに、この体制をさらに盤石なものとし、そして3年前に入職した、かわいいかわいい孫が役員になるまでは・・・
(さぁ!ここで手を挙げろ!)
と門瀬に目で合図を送る。
「緊急動議を提案します!」
と手を挙げたのは、合図を送った門瀬ではなく、
筆頭専務の酒井浩であった。そして酒井は静かに立ち上がった。
慌てた目で門瀬が俺の顔を見てきた。
それと同時に剛君が振り返り、不安そうな目を俺に向けてくる。
俺は何も聞いていないと言うように、首を振った。
「緊急動議を2案、提案します」
改めて酒井が張りのある声で言った。
「第1案は、土屋理事長及び左近会長の解任を提案致します」
「なに~!」俺は思わず大声を上げ、立ち上がった。
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