12人が本棚に入れています
本棚に追加
その箱と、缶のケースを机に置き、
「まずはこれを見てください。」
と、増田氏は箱を開けた。
その箱の中には、10冊以上の普通預金通帳と、同じく10枚以上の出資証券が入っていた。しかも、そのどれもが名前が違うのだ。
俺は目を見開いて、
「どうしたんですか?これは?」と聞いた。
すると増田氏は、もう1つの缶ケースを開けた。
それを見た俺は、
「なんだ?これは・・・」
と、お客様の前で、つい口に出してしまった。
しかしそれも無理もない、中から出てきたのは、名前の違う大量の3本判(印鑑)だったからだ。
佐藤・加藤・山田・鈴木・高橋・・・と、言い方は悪いが、
一般的な名前が多かった。
増田氏は申し訳なさそうに、事情を話始めた。
「先程言いましたように、私も独り者でですね。年も取ってきましたし、
この家を売り払って、老人ホームへ入ろうと思っているんですよ、それでいろいろ部屋を整理してたらね、これが出てきたもので。まぁたいした金額でもないし、そのままでもいいかなと思ったんですが、なんか気持ち悪くてね、それで酒井さんを呼び止めて、相談したんですよ。」
「そうですか・・・失礼します。」
と言い、俺は1冊ずつ通帳と、出資証券を確認していった。
通帳にはどれも同じく、最初に作成したときの金額1,000円しか印字されておらず、出資証券もどれも最低金額の10,000円の証券だけだった。
数えると11セットあった。
するとまた申し訳なさそうに増田氏が、
「もう何十年も前の話なんですけどね、その当時の担当者が、出資者を募るキャンペーンをやっているとかで、ノルマが足りないから協力してくれと言われたんですよ。まだその当時は、印鑑さえあれば通帳が作れた時代だったんでね、まぁ私も役に立つならと思って、簡単に応じてしまったんですよ。いや~申し訳ないね。かえって迷惑かけちゃって。」
と言って我々に頭を下げてきた。
俺は慌てて、
「何を言ってるんですか!ご迷惑をかけているのはこちらで、謝るのは我々のほうです。増田様にこんなことをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした!」
と、酒井と二人で頭を下げた。
「こちらについては、必ず処理致しますので、しばらくお時間をください!」と、俺は増田氏にお願いをした。
「いいよ。いいよ。まだまだ引っ越すのは先だからね。」
と増田氏は笑って応じてくれた。
増田氏の自宅を出て、俺は支店に急ぎ戻り、出資を管理している、
本店の総務部に電話を掛けた。
今回の事情を説明し、全店に同じ事例がないか調べろと命令した。
同じ住所に、異なる複数の名前の出資金の名義がないか調べろと。
俺が命令してから3日後、総務部から連絡があり、夕方メール便で資料が送られてきた。
メール便とは、本店と支店、事務センターと支店、または支店間というように、それを行き来する独自の車があり、現金や手形・小切手・社内文書・人事異動通知など、全てそのメール便で届く。朝・昼・夕方と1日3回メール便で来ます。
その送られてきた資料を見た俺は頭を抱えた。
それはやはり南浦和支店だけの問題ではなかった。
翌朝、俺はその資料を持ち、またあることを胸に秘めて、理事長の元へと
向かった。
最初のコメントを投稿しよう!