缶ケースの中身

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その箱と、缶のケースを机に置き、 「まずはこれを見てください。」 と、増田氏は箱を開けた。 その箱の中には、10冊以上の普通預金通帳と、同じく10枚以上の出資証券が入っていた。しかも、そのどれもが名前が違うのだ。 俺は目を見開いて、 「どうしたんですか?これは?」と聞いた。 すると増田氏は、もう1つの缶ケースを開けた。 それを見た俺は、 「なんだ?これは・・・」 と、お客様の前で、つい口に出してしまった。 しかしそれも無理もない、中から出てきたのは、名前の違う大量の3本判(印鑑)だったからだ。 佐藤・加藤・山田・鈴木・高橋・・・と、言い方は悪いが、 一般的な名前が多かった。 増田氏は申し訳なさそうに、事情を話始めた。 「先程言いましたように、私も独り者でですね。年も取ってきましたし、 この家を売り払って、老人ホームへ入ろうと思っているんですよ、それでいろいろ部屋を整理してたらね、これが出てきたもので。まぁたいした金額でもないし、そのままでもいいかなと思ったんですが、なんか気持ち悪くてね、それで酒井さんを呼び止めて、相談したんですよ。」 「そうですか・・・失礼します。」 と言い、俺は1冊ずつ通帳と、出資証券を確認していった。 通帳にはどれも同じく、最初に作成したときの金額1,000円しか印字されておらず、出資証券もどれも最低金額の10,000円の証券だけだった。 数えると11セットあった。 するとまた申し訳なさそうに増田氏が、 「もう何十年も前の話なんですけどね、その当時の担当者が、出資者を募るキャンペーンをやっているとかで、ノルマが足りないから協力してくれと言われたんですよ。まだその当時は、印鑑さえあれば通帳が作れた時代だったんでね、まぁ私も役に立つならと思って、簡単に応じてしまったんですよ。いや~申し訳ないね。かえって迷惑かけちゃって。」 と言って我々に頭を下げてきた。 俺は慌てて、 「何を言ってるんですか!ご迷惑をかけているのはこちらで、謝るのは我々のほうです。増田様にこんなことをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした!」 と、酒井と二人で頭を下げた。 「こちらについては、必ず処理致しますので、しばらくお時間をください!」と、俺は増田氏にお願いをした。 「いいよ。いいよ。まだまだ引っ越すのは先だからね。」 と増田氏は笑って応じてくれた。 増田氏の自宅を出て、俺は支店に急ぎ戻り、出資を管理している、 本店の総務部に電話を掛けた。 今回の事情を説明し、全店に同じ事例がないか調べろと命令した。 同じ住所に、異なる複数の名前の出資金の名義がないか調べろと。 俺が命令してから3日後、総務部から連絡があり、夕方メール便で資料が送られてきた。 メール便とは、本店と支店、事務センターと支店、または支店間というように、それを行き来する独自の車があり、現金や手形・小切手・社内文書・人事異動通知など、全てそのメール便で届く。朝・昼・夕方と1日3回メール便で来ます。 その送られてきた資料を見た俺は頭を抱えた。 それはやはり南浦和支店だけの問題ではなかった。 翌朝、俺はその資料を持ち、またあることを胸に秘めて、理事長の元へと 向かった。
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