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「俺は」から「私は」へ
俺は、翌日また理事長の元を訪れた。俺が支店に出てから3回目だ。
出資の架空名義の件を説明をするが、もはや聞いているのか、いないのか、口を開けて呆然としているだけだった。
午後から、緊急役員会議を開くことを了承してもらった。
全役員が集まり、役員会議は始まった。重苦しい雰囲気の中、俺が総務部から取り寄せた資料を配り、対応策を協議しようと呼びかけた。
払い戻すにあたり、問題は2点あった。
1点目は、住所は同じでも、名義人が違うので、通帳と印鑑を所有している人間が、真の預金者であると証明することができるのか?
例えばこの場合、増田氏が通帳と印鑑を所有しているが、名義の違う通帳と印鑑を所有しているだけで、増田氏が真の預金者(お金出したこと)であるといえるのか。
2点目は、第3者からの検査の対応。大蔵省や日本銀行が、数年に1度きちんと業務を行っているか、チェックをしに来店する。
その際に、今回の処理(増田氏に払い戻し)を行った場合に、指摘を受けるようなことはないか。
会議は紛糾した。通帳と印鑑を所有しているだけで、本当に真の預金者であることが、確認できない状況で払い戻しを行うと、第3者のチェックが行われた場合に、なんらかのペナルティが課せられないか。
中には、もうこのまま放っておけばいいのでないか、など消極的な意見もあった。
俺は、そのような後ろ向きな意見に怒りを覚えたが、それは仕方がない。
ここにいる奴らは知らないのだから。俺がいた前の世界では、オレオレ詐欺が横行し、しばしば架空の通帳が悪用されるケースがあった。
大事なお客様を、犯罪の加害者にも、被害者にもさせてはならない。
その一心で俺は、
「何かあったら全て俺が責任を取る。」
と言い、通帳と印鑑を両方所有している者を、真の預金者とみなし、払い戻し作業を行うことを進言した。そして、払い戻しの念書を作成することにし、その念書と、当初の申込書との筆跡が同じであることを証明することで、いざ指摘された時にも、加入時の申し込み人に払い戻しました。
ということで、対応することとした。
そしてもう1つ、
これら全てのことを招いた原因が、全て数字によるものだった。
ノルマが職員を追い詰めたことが原因だ。
「営業店に課す数字を全て撤廃すること。」
俺はこの役員会議に提案した。
役員からは驚きの声が上がった。金融機関で数字(ノルマ)がないなんて、前代未聞だと。
経営企画の役員からは、
「それにより業績が落ちたらどうするのか?それでは責任が取れない。」
人事部の役員からは、
「職員の士気が下がるのではないか?」
など意見が出た。しかしながら俺は、支店に出てからの、一連のノルマを達成するためだけに行われている行為が、いかにお客様に迷惑を掛けているか、いかに当金庫にとって無駄な行為なのかを改めて説明した。
そして最後は、専務の俺が、
「責任を取る」との一言で、役員会議の紛糾は終息した。
そして会議終了後、俺は理事長に呼ばれた。
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