導く手

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私はエレベーターで降り、玄関から出ようとすると、私の役員車を運転する運転手が来て、「せめて自宅まで送らせてください。」と懇願されたが、丁重に辞退した。もはや部外者なのだから。 私は前の世界で解任されたことを思い返していた。 (前回はいわゆる身内から、今回は総代から、まさか2度も解任されるとは・・・。) 正面玄関から表に出て外の空気を吸った。 不思議と今回は悔しさが込み上げてこない。 前の世界では、あれほど復職することに固執したが、そんな気持ちも起こらなかった。 私は埼玉県南信用金庫本店の建物を見つめた。 義理の息子の剛は、3年前に人事部から支店へと異動させた。もっと現場で勉強しろという意味を込めて。運が良ければ支店長くらいにはなれるかもしれない。孫もまだ中学生だ。これから先どうにでもなる。 (所詮私は、経営者としての器ではなかったのだ。) 「では帰るか。」少し距離があるが、歩いて帰るのも悪くない。 15分程歩くと、自宅の坂の前の交差点で足を止めた。 進行車線の徒歩信号が、青の点滅をはじめた。 私はデジャブのように、あの光景が甦った。 (そうだ!過去に戻る前にここで、トラックに撥ねられて過去の世界に戻ったのだ!) トラックが赤になる前に急いで渡ろうと、スピードを速めたように見えた。 私は、恐怖心から道路の傍から離れようと、2~3歩後ろに下がろうとした時だった、 《ドンッ》と、私は前回よりも強い衝撃を背中に感じ、道路に2歩3歩踏み出してしまった。《ファァァァァン》というトラックの甲高いクラクションが響いた。私は咄嗟に、何者かが私を押したであろう方向を見た。そこには5本指の手と、3本指の手が空間に浮かんでいた。次の瞬間、私の体は空に舞い上がった。ゆっくりと景色が流れる中、 (初代理事長・・・あなただったんですね・・・) 私を過去の世界に導いた、その手の正体に気づいたとき、目の前が真っ暗な闇に閉ざされた。 「さ・・・こん君・・・・左近・・・君」 (誰かが私を呼ぶ声がする) 「左近・・・君。おいどうした?左近・・・君」 (その声は・・・そうだ井川理事長でしたよね。もうすぐ目を開けるので、お待ちください。) 私は徐々に意識がはっきりしてきて、ゆっくりと目を開けた。 「おい!左近君?大丈夫かね?」 私は目を開けると、井川理事長の後ろに貼られている、当金庫のカレンダーを見た。 《1997年》 (またここなのか・・・) 「はい。大丈夫です。」 私は井川理事長にはっきりと返事をした。
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