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翌朝、理事長室の前に立ち、ノックをすると、中から「どうぞ」と返事があり、
応接セットに私は腰を掛けた。
理事長はにこやかに、
「久しぶりの支店はどうですか?」と聞いてくるので、
私はあえて深刻そうな口調で、
「実は理事長に折り入ってご相談したいことがございまして、昨日電話させて頂き、お伺いしました。」と言った。
理事長は、私の口調から察して真剣な顔となり、佇まいを正し、
「どうぞ話してください。」と促した。
私は少し間を置いて話し始めた。
「私が南浦和支店長に就任して2か月弱となりますが、10年間も現場から離れていたために知らなかったのですが、数字を達成するために課員が、お客様に対して、数々の迷惑を掛ける行為を行っていることが分かりました。」
「迷惑な行為?それはどのようなことですか?」
理事長は眉間に皺をよせ聞いてくる。
「はい。全部で3つあります。」
「1つ目は定期積金。契約額のノルマのために、営業課員がお客様の意向を無視した、契約内容の定期積金を作成しております。」
「2つ目は年金。年金受け取り口座の登録のノルマのために、営業課員は1回だけの振り込みとか、いつ振り込みがあるか分からない年金口座の登録を行っております。」
「3つ目は出資金。出資者を増やすために、実在しない人間の口座や出資金を作成しておりました。これは今は行われておりませんが、何十年か前の営業課員は行っておりました。」
「そして、これがこの資料です。」
と、呆然としている理事長に、私は鞄の中から資料を取り出し、理事長に良く見えるように机に置いた。
しばらくの時間、目を見開いたまま理事長はその資料を手に取り、1枚1枚ページをめくり確認していった。
そしてポツリとつぶやくように、
「こんなことが行われていたのですか・・・」と言って、ガックリと肩を落とした。
私はその理事長の反応を見て、
「これは早急に対応するべき事柄だと考えます。つきましては、至急役員会議を開き、今後はこのようなお客様に迷惑となるような行動を取らないよう取り決め、全職員に周知徹底するべきだと思います。」
と言うと、理事長は静かに頷き、
「左近君の言う通りですね。早速そのように手配してください。」
と言った。
私はさらに理事長に言った。
「そこで理事長にお願いがあります。先日、ご了承を頂き、私は南浦和支店へ、支店長として赴任させて頂きましたが、残念ながら、このような行為が行われていることを、知ることとなりました。」
「役員会議で「今後はこのような行為を行わないように」と、指示を出しても、ノルマがある限りその心配は残ります。では「ノルマをなくしたら?」と問われても、それにより業績が落ちてしまったら、出資者に対して説明がつきません。」
「お願いというのは、1年から2年という私の支店長の任期を延ばして頂きたいのです。長年に渡り行われてきたこのような行為を、「辞めなさい」と指示を出しても、ノルマがある限りまた行ってしまうとも限りません。それを防ぐためには、私が支店という現場で先頭に立ち管理を行い、またノルマに対しても真摯に取り組む姿勢を見せることで、他の支店長や課員達も見習うようになると思うのです。」
「理事長がおっしゃったように、私もこの埼玉県南信用金庫をもっと大きくしていきたいです。しかし現実は、この信用金庫の足元は、このようにガタついておりました。足元がこれでは大きくできません。いつまでかかるか分かりませんが、足元が固まるまでは、この私を支店長と言う立場で、現場に立たせて頂きたいのです。」
私の言葉を黙って聞いていた理事長は、しばらく上を向き考えていたが、
こちらを向くと、
「分かりました。左近君、君にばかり何もかも押し付けるようで、申し訳ないねぇ、本来であれば、私が責任をとるべきことなのに・・・」
と申し訳なさそうに言うので、
「いえそんなことありません。辞めるのは簡単です。いつでもできます。今は当金庫を、正常な方向へ引っ張っていくことこそ重要であります。」
と私は理事長に言った。
次の日、緊急役員会議が開かれ、お客様に迷惑を掛けている行為を説明し、その場で対応策を協議し、辞めさせることを徹底することで一致した。
これで私の思惑通り、理事長が辞めずに、支店に立ち続けることができるようになった。
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