酒の旨い夜

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1軒目は支店から少し離れた安藤様というお客様だった。 ご夫婦で年金を他行で受け取っており、ご主人の年金口座は、引き落としなどの生活口座として使用しており、それを当金庫へ移すのはなかなか難しいので、奥様の年金を当金庫で受け取って貰えないかと、お願いしていますとのことだった。 古田君がインターホンを鳴らすと、その奥様が出て来られ、支店長の私がいることに気づき驚かれていた。 「どうしたんですか?こんな時間に。何かありましたか?」 と奥様が聞いてくると、古田君が、 「はい。夕方のお忙しいところすいません。先日ご検討をお願いしました、当金庫で年金を受け取って欲しいというお願いですが、改めていかがでしょうか?是非!お願いできないでしょうか?」と、奥様にお願いした。 「あ~その件ね・・・」と言って、奥様は困った顔をしてしまった。 「考えたんだけどね、私の年金なんて主人と違って金額が少ないからね、そんなの移したって、いくらにもならないでしょう?」と、 やんわりと断るような感じで奥様が言うので、 「いえいえ。金額の問題ではございません。地域のお客様に当金庫を、メイン銀行として使って頂きたいので、お願いしております。」 と私も食い下がった。 するとさらに困った顔をした奥様が、 「う~ん。南浦和はここからだと少し遠くて、あまり行かないのよね・・・。うちからだと武蔵浦和がすぐだから、どうしてもそこにある銀行のほうが便利なのよね。主人の年金もそこの銀行だから、一緒に手続きもできるしね。ごめんなさいね。」と断られたが、 私はさらに食い下がり、 「武蔵浦和のほうが近いことは承知しておりますが、そこをなんとかお願いできないでしょうか!」 と言って、古田君とともに頭を下げてお願いした。 我々の頭を下げている姿をしばらく見ていた奥様が、 「ちょっと待っててください。」と言い、部屋の奥へと入っていった。 私と古田君は顔を見合わせ、お互いに「うまくいった!」という顔をしたが、奥様が持ってきたのは、その年金を受け取っている銀行の定期預金証書だった。そしてその預金証書を我々に見せ、 「この定期なんですけどね、見ての通り来月満期になるの。そうしたらあなたのところに預けるから、それで許して!」 と、反対にお願いされてしまった。 「いや。もちろんこれはありがたいです。ですが年金のほうも・・・」 と古田君はもう一押ししようとするが、 私は(これ以上したら、お客様を困らせ迷惑となってしまう)と思い、古田君を止め、 「安藤様。このような遅い時間に無理なお願いにお伺いし、申し訳ありません。それなのに定期の満期のことまで教えて頂き、ありがとうございます。年金は分かりました。またお気持ちが変わるような時がありましたら、よろしくお願いします。」と、頭を下げて辞去した。 「他行の定期預金を当金庫に移してくれるんだ。それで良しとしよう。」 古田君に言い、次の見込み先へと向かった。
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