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それぞれの思い
それから自宅までどうやって帰ったのか、記憶が曖昧でよく憶えていない・・・。かろうじて記憶があるのは、本店の地下にある役員専用の駐車場に行き、車に乗り込もうしたが、いつもの運転手が「部外者はご乗車頂けません!」と言ったことだ、それを聞いた俺は激高したが、また近くの警備員につかまれ、外に出された。
自宅に着くと、携帯に着信があった。確かに何度か鳴っていたようだなと思うが、「門瀬」の表示を見た瞬間、もはや俺は出る気も起きず、携帯を放り投げてしまった。その後は何もする気が起きず、自宅の居間でボーっと過ごしていた。
夜の7時ごろだったか、玄関で「カチャリ」と音がしたかと思うと、目の前に孫が立っていた。悔し涙を流したであろう、目を赤く腫らし、口唇はかすかに震えていた。聞けば、解任動議が決議されたと聞かされた後、急ぎ退職届を書き、簡単な引き継ぎを行い、職場を後にしたということだ。
そんな孫の姿を見ているうちに、怒りがフツフツと込み上げてきた。
これは俺や剛の問題だけではない、まだ若い前途有望な若者の人生をも、傷つけてしまったのだ。そうだ!このままでは終われない、終わってたまるか!かわいい孫の人生の汚点を、なんとしてでも消してあげねばならん!
俺は立ち上がり、「剛君!すぐに車を出すんだ!」
彼の部屋に向かって大声で叫んだ。
「あなた・・・こんな夜にどこへ行くんですか?」
心配そうに部屋から出てきた妻を無視して、
先に駐車場へ向かうため玄関を出た。
するとそこへ慌てた様子で剛が降りてきた。「お義父さん、ど、どちらへ行くのですか?」と聞いてくるので、
「決まってるだろう!これから役員のところへ行くんだよ」
俺は後部座席に乗り込んだ。
剛の運転する車は、中山道を大宮方面に向かって進んでいる。北浦和駅の交差点を左折し、北浦和公園を左手に見ながら奥に進んで行き、閑静な住宅街に入りしばらく行くと、そこに目的地である、小泉の表札が掲げられた2階建ての家がある。
家の主は小泉次郎、埼玉県南信用金庫の人事部長兼執行役員を務めている人物である。築10年くらいの2階建ての一軒家の前で、表札の横にあるインターホンを押す。どうして小泉から行くのか?と問われても、特に戦略的理由はない、ただ単に、自宅から一番近くに住んでいる役員だからだ。
「はい。どちら様でしょうか?」
インターホンの向こうから、女性の声が返ってきた。
「左近です。小泉君はいるかな?」
数秒の沈黙の後、
「どうぞお入りください」
女性はインターホンを切った。
玄関に入ると、我々2人をインターホンで応対した小泉の妻が、1階の居間へと案内した。そこは6畳の和室となっており、座布団が2つ置かれている。そしてその正面には、目的の人物である小泉次郎が既に座っていた。
「どうぞお座りください」と小泉は静かに言い、俺と剛は言われたまま座布団に腰を下ろす。
(小泉には、なんとしてでもこちらに寝返ってもらわねばならない。脅しでも賄賂でも何でもいい、こちら側についてもらわねば。そして改めて、役員会議で復職の案を起案してもらい、埼玉県南信用金庫に戻るのだ)
俺は意を決し、話をしようとしたその時だった、
「お断り致します」と小泉が口を開いた。
(えっ!?俺は今、声を出していたのか?)
と慌てて隣に座る剛をみた。
彼もこちらを見返し、困惑した表情を浮かべている。
「左近氏と土屋氏の両名に協力し、当金庫に復職できるよう尽力することを、お断り致しますと、申し上げているのです。」小泉は続けて
「私は、人事課長から人事部長となり、約6年人事の仕事をしております。
しかし、支店長以上の人事については、全て左近さん、あなたが決めていた。その評価が正当なものであるならば、私は何も不満がありません。しかしあなたの評価は、自分に対する忠誠心、そして上納金の金額で決めている。」
「あなたは以前こう話されていました。この俺が、この信用金庫を大きくしたんだと。信用金庫でありながら、都市銀行並みの給料を貰えることができるのは、全て自分の功績である。だからその給料の一部を、自分に上納することは当然であり、むしろ受け取って貰えることをありがたく思えと。」
「こんなことをしているから、全ての役職員がお客様ではなく、あなたを見て仕事をしてしまっている。あなたからの支配から脱却し、本来あるべき信用金庫の姿に戻るためには、お二人には当金庫から出て行ってもらうしかなかった。だから私は解任動議に賛成したのです。」
一気に思いの丈を込めるように、小泉は言い放った。
しばらく俺は無言のまま小泉を見ていた。
「帰るぞ」と俺は横に座る剛に声をかけ、立ち上がった。
「えっ・・・?」と慌てる剛を無視し、廊下を出ると、お茶を持った小泉の妻が、台所からこちらへ向かってくるところだった。
「失礼」と俺は彼女の横をすり抜け、足早に小泉家の玄関を後にした。
小泉家にいたのは時間にしてわずか5分程度であった。
表に出て車の前に来ると、駆け足で剛がやってきた。一緒に車に乗り込み、何か言いたげな剛に向かって、次の指示を出した。
「川口の中嶋のところに向かえ.」
中嶋とは、理事会に出席していた役員の一人で、システム部部長の役員をしている。元来、気の弱いタイプだが、大学は理系を出ているので、支店に置くよりは、裏方の業務であるシステム開発の仕事をさせていた。
「わ、分かりました」
慌てた様子で、車を走らせる剛の姿を前方に見ながら、俺は後部座席で静かに目を閉じた。
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