それぞれの思い

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(それにしても小泉の奴、あんなにはっきり言うとはな、正直、俺が出向けば、簡単にこちらに寝返るだろうと思っていた。俺の認識が甘かったか…だがこれから行く中嶋は、気の弱い人間だ。まずはあいつを言いくるめて、こちらの味方を増やしていく作戦でいこう。今は一枚岩のように団結してるかもしれんが、誰か一人でもこちらについてくれれば、それが疑心暗鬼を生んで、雪崩をうつように崩れるものだ。) 俺は目を閉じながら、どのように中嶋を言いくるめて、こちらに寝返らせるかを考えていた。 剛の運転する車は、小泉の自宅を離れた後、中仙道に入り、赤羽方面へと向かった。しばらく進み、東京と埼玉の境に流れる、荒川に掛かる戸田橋の手前の交差点を左折し、川沿いを走ること数分、まだ築浅の10階建てのマンションが見えてきた。車を近くに止め、足早にマンションのエントランスに入り、集合ポストの802に、中嶋の名前を確認する。 インターホンを押すと、ほどなく「はい」と女性の声が返ってきた。「左近です」と名乗ると、無言のまま自動ドアが開き、「どうぞ8階までお上がりください」とその声は続けた。 エレベーターで8階まで上がり、通路へ出ると、少し先のドアが開いており、その前に一人の女性が立っていた。彼女の前まで行くと、「中嶋幸太郎(なかじまこうたろう)の家内です。」と頭を下げ「どうぞこちらです」と言って室内に案内された。玄関を上がり、少し進むと、右手に客室があり、ソファーには目的の人物である、中嶋幸太郎システム部部長が座っていた。その姿は何かに怯えているように見え、俺は(これはいける!)と内心ほくそ笑んだ。 中嶋の正面のソファーに、俺と剛は腰を掛けた。 「夜分遅く申し訳ないねぇ」 そんなことは思ってもいないが、まずは話を切り出した。 「いえ…」とうつむいたまま、中嶋は相変わらず恐縮しているように見えたので、俺は一気に畳み掛けた。 「今日の役員会は、私も非常に驚いた。まさかあんなことになるとはね。解任動議を出されたことは、私にもいたらない点があったと反省している。」 自分にも、多少非があるようなことを言いながら、 「とはいえ、まさか君まで解任動議に賛成するとは思わなかったよ。私はね、君にはずっと目をかけていたんだよ。これからの信用金庫、いや金融機関は、もっともっとお客様から、利便性を求められる時代になってくると、私は考えているんだ。そういう意味では、君が担当している今の仕事は、当金庫にとって非常に重要な部署であるといえる。私は君だからこそ、この重要な仕事を任せてきたんだ。」 俺は中嶋の目をじっと見続けながら話続ける。もう一押しか、 「私はね、中嶋君。ゆくゆくはこの隣に座っている、剛君…いや理事長のね、右腕になってもらって、経営の舵取りを任せたいとも思っていたんだよ!そして筆頭専務、いや副理事長ともなれば、今よりももっと給料も上がる、その後も、顧問に就いてもらえれば、週に1度会社に行くだけで、今とそう変わらない金額が受け取れるんだぞ。こんなにいい話は、なかなかないだろう!?」 俺は笑みを浮かべながら続けた。 「だがな、それにはどうしても私と理事長が復職しなければならない。そのためには、もう1度役員会議を開いてもらい、私と理事長の復職を、君に起案してもらいたいんだ。」 とそこまで話したところで、中嶋がうつむいたままボソッとつぶやくように言った。 「私も彼も営業に出たかったんです・・・」
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