それぞれの思い

3/3
前へ
/41ページ
次へ
(はぁ?お前みたいな根暗な奴が、営業などできるか!)思ったが、すぐさま 「そうか!そうか!それは素晴らしい考えだ。もちろん私が復職した際には、そのように配慮しよう。支店でも勉強したいという君の・・・」 と言ったところで、「彼とは・・誰のことだ?」と聞いた。 そこでやっと中嶋は顔を上げた。 「左近さんは忘れてしまってますよね。あなたのことを調べに、税務署が来た時のことを。」冷めた目で俺を見てくる。 「税務署?・・・」と言いながら俺は考える。確かに理事長・会長となり、不正に蓄財していないかなど、調べられたことはある。 しかし特に何事もなく、終わったはずだ。 俺は聞き返す、 「税務署が何だって言うんだ?その君の言う彼と、何の関係があるんだ?」 「はぁ・・」と中嶋はため息をつくかのように息を吐き、静かに語り始めた。 「左近さんが理事長の頃に、『月間民衆』という雑誌に、あなたに不正蓄財の疑いがあるとの内容で、記事が出されましたね。記事の出どころは、おそらく退職した支店長あたりかと思いますが。記事の中身は、支店長たちの人事権を握り、彼らから上納金を納めさせているという内容でした。」 「その記事の内容を税務署が読んだのか、はたまた内部告発だったのか、今となっては真相は分かりませんが、とにかく左近さん、あなたの口座のある南浦和支店に税務署が来た。あなたのことを調べに・・・ その彼とは、その南浦和支店に勤務していた、まだその時は入職2年目の若手職員でした。」 そこまで話を聞いて、俺はなんとなく記憶が甦ってきた。 (たしかにあの時、税務署が俺の口座の動きを調べにきた。だがその口座には上納金は入れてなかったので、難を逃れた記憶がある。しかし、「この金はどうした?」だの「この定期預金はどこから用意した?」と、まるで犯罪者を扱うように、ネチネチ聞いてきやがった。それから上納金は、現金での受け渡しをやめ、商品券にしたんだが…だがその彼と、何の関係がある?) 疑問に思っていると、 「彼は、税務署が支店に訪れた時、支店長に命じられて、税務署対応に忙しい、店内業務の副支店長を手伝うよう言われていました。そして彼は、たまたまその時来ていた税務署員に言われ、左近さん、あなたの預金記録を、自分のカードを使用して出力し、その署員に渡してしまった。」 「当然、誰があなたの預金記録を出力したのかは、すぐに分かる仕組みになってます。預金記録を渡していいのか?と上司に確認をしなかった、彼の落ち度もあるかもしれない。でも、まだ彼は2年目だ、税務署対応など、そんな経験したこともなかった。そんな彼を、あなたはシステム部へ、私の部下へと異動させた。そしてあなたは私に命じた。自分や身内の預金記録だけは、支店長のカード以外は出力できないように、システムを変更しろと。そして私と彼が中心となり、その仕事にあたりました。」 中嶋は恨むような目で俺を見つめてくる。 「彼と私は、その変更の仕事に全力で取り組みました。よく彼は言ってましたよ、これは何のための仕事なんでしょう?僕はこんなことするために、この信用金庫に入った訳じゃないと… その度に私は彼に言いました。この仕事が終われば、きっと支店に戻れる。それまで頑張ろうと。」 「そして、やっとの思いで、あなたの命令を完成させ、しばらくした後のことです。彼の異動通知が、私の元に届きました。それを見た瞬間、私は目の前が真っ暗になりました。彼を手形交換課へ異動させる通知だったからです…」 中嶋はこぼれる涙を、指で抑えていた。 「左近さん!あなたには分かりますか?あの異動通知を彼に渡さなければならない、私の気持ちを。そして私は生涯忘れることはないでしょう…その通知を受け取った時の彼の顔を…」 「翌日、彼は退職届けを提出し、当金庫を去りました。情けないことに私には、引き留める言葉も、励ます言葉も浮かばなかった。ただ…部下を守ることができなかった自分の不甲斐なさを責め、心の中で『すまなかった』と謝ることしかできなかった。」 そこまでしゃべり中嶋は口を閉ざした。部屋には沈黙が訪れる。 俺はその沈黙に耐えられなくなり口を開いた。 「中嶋君、君は何を甘いことを言ってるんだ? サラリーマンなら、望まない部署でも仕事をするのは、当たり前のことだろう? システム開発が嫌だ?手形交換課では働きたくないだと? どんな場所でも、仕事でも、給料を貰っている以上、全力で取り組むのは、当然のことだ!」 と言ったところで、中嶋が遮るように話し出した。 「酒井専務は、いえ酒井理事長は、私の意を汲んでくれました。今回の件で、解任された門瀬元支店長の後任に、私が南浦和支店長に就任することが決まっております。私は彼の果たせなかった思いを背負って、地域のために、お客様のために仕事するんだと、心に決めております。私があなたに協力するなど、絶対にありえません。」 家に来た時には怯えたように見えたのに、今の中嶋からは、その姿はまったく見られない。むしろ今にも掴みかかってきそうな勢いだ。 「今の言葉、後悔することになるぞ。」 と、俺は中嶋を睨んだ。 「もうお話することは、ございません。お引き取りください。」 中嶋も睨み返してくる。 俺はこれ以上何を話しても無駄だと思い、立ち上がり中嶋の家を出た。 車の後部座席に座り、目を閉じ俺は思った。こうなった以上、酒井の元へ乗り込むしか、もう方法はないと。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加