直接対決!

2/2
前へ
/41ページ
次へ
聞くまでもないのに、改まって聞いてくる。 ますます腹が立つが、ここは気持ちを落ち着かせ、酒井の目を見据えた。 「酒井君。君では当金庫の経営は務まらない。」 俺は断言するように言った。 「何故、そのように断言なさるのですか?」 対象的に穏やかな口調で、酒井が聞いてくる。 「まず君には経営の経験がない。そして何よりも、君には私のような実績がない!この私が!大きなヒット商品となった、宝くじ付き定期預金を開発し、反対する大蔵省から認可をとり、マスコミにも大きく取り上げられたことによって、この信用金庫はここまで大きくなったんだ! そして、この私のカリスマ性により、職員もお客様もついてきたんだ。私がこの信用金庫から去ってしまえば、お客様も職員も離れていき、経営も危なくなるぞ!」 俺は危機を煽り、脅すように言った。 しかし、酒井は冷静な声で返してくる。 「確かに左近さん、あなたの言う通り、私には経営の経験がない。 それに私には経営できないでしょう・・・昨日までの信用金庫は。」 一呼吸おいて酒井は続ける 「左近さんあなたが君臨していた、埼玉県南信用金庫は、私には経営できない。それはもう埼玉県南信用金庫ではなく、『左近』信用金庫だからです!」 「左近信用金庫だぁ?はぁ!?お前は何を言ってるんだ!?」 俺は言い返すが、酒井は遮るように話を続ける 「宝くじ付き定期預金という大きなヒット商品を出してから、確かにこの信用金庫は、世間の注目を集め、有名になりました。だが、それと同時にあなたの影響力は、この信用金庫で非常に大きなものとなり、あなたに権力が集中するようになった。」 「まだまだ仕事ができると頑張っていた先代の理事長を、半ば強引に引退させ、理事長に就任した後は、人事権をも握り、隣に座っている義理の息子を理事に就任させ、着々と権力の基盤を固めていった。反対する勢力は排除し、自分に反対するものがいない体制を作り上げた。」 「もうそうなってしまうと職員は、左近さん、あなたにしか目を向けなくなってしまった。あなたの一言で振り回され、あなたの言動を忖度し、職員は行動するようになってしまった。本当に大切な地域のお客様に目を向けずに・・・。」 「これはもう埼玉県南信用金庫ではない。左近さんのための、左近一族を繁栄させるためだけの信用金庫になってしまった。これを左近信用金庫と言わずに、何と言うんですか!?」 生意気なことを言ってくる酒井に腹が立ち、俺も言い返す。 「宝くじ付き定期預金は、お客様から非常に大きな支持を得た。それは俺が常にお客様に目を配り、お客様が何を求めているのかを考えていたからだ!君の言う左近信用金庫だと言うのなら、この信用金庫はここまで大きくはならなかった!私がお客様から支持されたからだ。お客様からの信任を得た私が、トップに座るのは当然のことだろうが!」 俺の声もつい大きくなる。 だが酒井はあくまでも冷静に言い返す。 「宝くじ付き定期預金を市場に出したまでは良かった。問題はそれからのあなたの行動です。それ以後、何かお客様から支持されるようなことをされましたか?それ以降のあなたは、いかにこの信用金庫で、自分に権力が集まるか、自分がこの信用金庫を支配するか、それしか考えていなかった!」 酒井も最後は声のトーンが上がった。 「だったら!お前たちも何か顧客から支持されるような、画期的な商品を出してみろ!出してからものを言え!」 俺は彼らにはできていない、弱みをつくように言った。 だが、酒井は少し笑みを浮かべ、馬鹿にしたような言い方で話す。 「もし、画期的な商品を私が作っても、そこの隣に座る息子が、手柄を上げたようにするんでしょう?そんなことは分かっているんです!だから皆バカバカしくて何もしなかった。」 そして改めて、酒井は俺を見つめて続ける。 「昨日の役員会議で、この信用金庫は生まれ変わりました。左近信用金庫から、埼玉県南信用金庫に、あるべき姿に戻ったのです。 いや、違いますね。これから我々が、本来あるべき姿に戻すのです。」 「左近さんあなたは最初に言いましたね。私には経営の経験がないと。確かにその通りです。 しかし私一人の力で、経営するわけではありません。私には昨日の役員会議で、一緒に賛成した仲間の役員がいます。彼らと助け合い、知恵を出しあいながら、この信用金庫を経営していきます。誰か一人のカリスマなど必要ありません。大切なのは、地域のお客様や働いている職員のために、何ができるかを考え、行動していくことです。」 酒井は、前会長・前理事長に新体制の方針を宣言するかのごとく話した。 この宣言は、左近が目論んでいた、役員の取り崩しによる復帰の目は、ないということを理解させるものであった。 しばらく俺と酒井は睨みあっていたが、もはやここにいても、何もならないことは悟った。別の手段を考えないと。 「後悔するぞ。」 と俺は言い、立ち上がった。 「宣戦布告ですか?いいでしょう。私は、埼玉県南信用金庫を守ってみせます!」 と酒井も立ち上がり、堂々と胸を張って言った。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加