五分後のリグレット

4/5
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「やっぱり、お母さんが死んじゃってからかな」 ――!  唐突に、自分のことが話題に上る。私は慌てて耳を傾けた。私はいつも娘にとって、模範中の模範。絶対的に信じられる唯一の大人であったはずである。自分は彼女に尊敬される素晴らしい母親だという自信があった。そう、そのはずだった。  しかし。 「私のやりたいこと、お母さんはいっつも全部否定してきてさ。高校も……どんなに偏差値高くても、やりたいことが全然やれないような高校になんか行きたくないって言ってるのに、全然聞いてくれなくて。勉強だけ頑張れる、とにかく良い大学の進学率が高い学校に入れるってそれだけで。……お母さんが生きてたら、私S高校を受験できなかったし、今の素敵な友達にも出会えなかったと思う。勿論、そのルミちゃんが紹介してくれたユキマサさんとも」 「なかなか、大変な人生だったんだね」 「ほんとにね。お母さんが死んじゃったのは悲しかったけど……ちょっとほっとしたんだ。こんなこと言っちゃだめなのかもしれないけど、お母さんが死んで、私はやっと自由になれたって思ったから。好きな髪型にして、好きな服を着て、好きな学校に行って、好きな人を自分で選ぶ。それがこんなに楽しくて幸せなことだなんて思ってもみなかった。今、私最高に人生が楽しいの」 「嬉しいこと言ってくれるなあ。よし、じゃあ今日はこれからもっともっと幸せになれる場所に連れていってあげよう。冬美ちゃん、ずっと水族館行きたいって言ってただろ?最高のオススメスポットが、このすぐ近くにあるんだよ」 「ほんと!?行きたい行きたい!」  なんで、と思った。  自分はいつも、娘のために、娘だけのために人生の全てを捧げてきたというのに。自分がいなくなって自由になった?最高に人生が楽しい?そんなはずがない、あっていいわけがない。自分がいなくなって、冬美はきっと道しるべを失って途方に暮れているはず。母親の偉大さを思い知り、自分が今まで間違っていたことがたくさんあったことを心底反省し、母親の教えを忠実に守って完璧な人生を送っているとばかり思っていたのに――! 「……ああ、そういうこと?」 「え」  神様、に言われた約束は。全部吹き飛んでしまっていた。  ユキマサ、と呼ばれた彼氏らしき大学生の顔が凍りつく。冬美が気づいた時には、私は彼女のテーブルの上からナイフを強引に奪い取っていた。 「あんたなのね?……あんたが、私の可愛い冬美を騙して、間違った道に引きずり込もうとしてるのね!どこの馬の骨ともわからないチャラ男の分際で!私の冬美の前から消えなさいよっ!!」 「おっ」  一拍遅れて、私の姿を認めた冬美は。真っ青に血の気が引いた顔で、叫んだ。 「お、お母さんっ……なんで……や、やめてええええ!」  死んだはずの母の姿に、彼女は一体何を思ったのか。  残念ながらそんな言葉などで、私が止まるはずもない。私は憎悪のまま、ナイフを彼の胸目掛けて振り下ろしていたのだった――。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!