五分後のリグレット

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五分後のリグレット

 この私が、随分と間抜けな死に方をしてしまったものだと思う。確かに娘の体育祭の開始時間が近づいていて、急いでいたのは事実。その結果、時計とスマホの乗換案内ばかりを見ていて、信号を見落としていたのも確かなことだ。  それでも、よりにもよってトラックに轢き潰されて死ぬだなんて、全くツイていない話ではないか。結局、肝心の娘の晴れ舞台を見ることは叶わなかった。せっかく我が子がリレーのアンカーを任されたというのに。 「しかも……審判が始まるまでまさか三年もあの世とこの世の堺で待たされるなんて、思ってもみなかったわ」  私が憤慨して言うと、私に“審判”を下す立場であるという“神様”は、困ったような顔をした。  神様というからには、髭が生えた立派なおじいさんのようなものを想像していたのだけれど(閻魔大王も、大抵は巨漢なおじさんで描かれることが多いはずである)、まさか年端もいかない男の子であろうとは。なかなか可愛い顔立ちであるし、息子だったらきっと相当誇らしく思ったのだろうが――生憎、今の私は大層機嫌が悪い。  死んでからすぐ、審判が下されて成仏するなり契約が結ばれるなりするかと思いきや。私が最初に送られた、あの世とこの世の堺の小さな町は大層な数の人でごったがえしていて、そこの宿屋でしばらく待っていろと言われてそれっきりの始末である。  まあ、死んだという意識が薄くなるほど、生きた人間と変わらない街が形成されていることには驚かされたし、仕事をしなくてもそれなりに好きなことをして過ごせる時間は退屈なものではなかったが。  それはそれ、これはこれ。暫くした後に聞いてしまった情報ゆえ、私はずっと神様の前に連れて来られる時を待っていたのである。それは。 「早く話を進めて頂戴。私、自分の権利を使いたくて仕方ないの。神官の人に聞いたわ。一度だけ、生きた人間の世界に戻ることができるんでしょう?相当時間制限が厳しいようではあるけれど」 「あー……やっぱりその件ね。成仏したくなさそうにしてるのは」 「当たり前じゃない。未練を精算しないで、天国になんか行けるわけないじゃないの」  私がぷんすかすると、幼い銀髪の神様はため息をついて、まあそうだねえ、と呟いた。 「えっと、じゃあさっさと進めるよ。日本の東京都在住だった、氏田冬子(うじたふゆこ)さん。享年、四十六歳……だね?」  神様の世界は未だにアナログらしい。何やら紙の書類らしきものをめくりながら、神様は面倒くさそうに言う。 「確かに、審判の時に申請すれば、元の世界に一度だけ戻ることができるよ。未練を精算して天国に行きたいって人は少なくないしね。……でもそれ、一体誰から聞いたの?基本的には、天国行きがほぼ確定しているほんのひとにぎりの人にしか話しちゃいけない情報のはずなんだけど」 「権利は権利でしょ、なんで駄目なのよ。ていうか、その物言い腹立たしいわ。まさか私に天国に行く資格がないとでも言うんじゃないでしょうね?品行方正で子供の頃から優等生、子育てに熱心で犯罪の一つも犯してこなかったこの私が!」 「いや……うん……駄目、ではないけどさあ」
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