五分後のリグレット

2/5
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 何故そんなに煮え切らない物言いをするのだろう。私は眉を跳ね上げる。神様の口調が厳しくないことと、神様の見た目が私よりもずっと弱々しく見える子供であるがゆえに余計強く出たくなったのかもしれない。  確かに、私は直接その話を誰かから聞いたわけではなかった。  神様の補佐をする神官達が話しているのを、たまたま小耳に挟んだだけである。  全ての死者は一度、あの世とこの世の狭間の街に送られて審判までの順番待ちをする(ここ最近は神様の国の人手不足に咥えて、死者の数が急増しているせいで手が回らなくなっているらしい。私が三年も待たされたのはそういう理由である)。そして順番が来ると一人ずつ神様に天国・煉獄・地獄行きの三つのうちどれかを言い渡されることになるが、その際に望めば一度だけ現世に戻ることが許されるのだそうだ。ただし、たった五分だけ。現世に戻って愛しい人の姿を見るだけで、実際に会話したり姿を見せることができるわけではないけれど。  ちなみに、地獄行き確定者のように、現世に戻したら確実に悪事を行いかねない人物にこの権利は与えられないのだそうだ。これについては心配していなかった。法律を犯すような真似も、人をいじめるような真似も生涯一度もしてこなかった私である。天国行き以外にありえないと確信していたからだ。 「……氏田さんが会いたいのは、娘さんだよね?娘の冬美(ふゆみ)さん。三年過ぎた今、娘さんがどうなっているのか知りたいんでしょう?」 「そうよ、その通りよ」  夫と別れてから、女手一つで育て上げた可愛い可愛い一人娘の冬美。私が死んだ時、まだ中学二年生だった。目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた娘を一人残して死ぬだなんて、本当に最低最悪の大失敗である。三年もすぎた今、娘が健康で無事に育っているのか気になって仕方なかった。彼女の存在が、私にとって生きる意味そのものであったからだ。 「戻ることができる時間は、たった五分だけ。それも影からこっそり娘さんの姿を見るだけで、姿を見せてもいけないし喋ることもできないよ、わかってる?」  まるで子供に言い含めるような物言いをする、神様。 「それが約束できるなら、娘さんに会いに行かせてあげるよ。でも、約束破ったら……」 「わかってるわよ。私はただ、冬美が私の願った通り、品行方正に育っていることを確認したいだけなんだもの」  神様の言葉を遮るように言えば。彼は“ああ、そうだね……”となんだか遠い目をした。先ほどから、どうにも馬鹿にされているようにしか見えないのは気のせいだろうか。可愛い顔だが、態度がちっとも可愛くない。そもそも、見た目の上ではこちらが圧倒的に年上なのに、敬語を使われないというのも腹が立つのだ。この顔で何千年と生きている、なんてことを言われそうだが。それならそれで、年配のジジイの姿にでもなっておかないお前が悪いと言いたくなる。  まあ、今は交渉している立場。ぎゃあぎゃあと喚くつもりもないのだけれど。 「……わかったよ。今から、貴女を娘さんのいるところに転送します。くれぐれも、約束はきちんと守ってくださいね。その後、正式に貴女の死後の行き先を決めるから」  長々と解説しても無駄と悟ったのか。神様は一枚の紙にサインをすると、ふるふる、と右手の人差し指を振った。何だ、と思った瞬間――私の目の前が真っ白になる。どうやら、彼が神様だというのは本当のことであったらしい。眠くなりそうな温かい浮遊感に包まれながら、私が思考を回していると――数秒の後、突然視界が開けたのだった。  現れたのは、私の故郷。日本の東京の、S駅近く。大量の人がごったがえして歩いているところ、私は慌てて周囲を見回すこととなった。  約束通りなら、娘はこのすぐ近くにいるはずである。 ――早く、冬美を見つけなきゃ!あと五分しかないんだから!
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!