五分後のリグレット

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 ***  薄々、嫌な予感はしていたのだ。私が飛ばされた場所が学校や自宅の近くではない、若者がよく行くような駅である時点で。  何故なら私は生きている時は、絶対にこのような街に娘を近づけさせなかったからだ。危ないキャッチセールスもあるし、お金を浪費してしまうような派手な洋服の店もある。オタクなグッズが売っている雑貨屋、無駄遣いを誘発しかねない意味不明な漫画専用の本屋なども論外だ。学校や家の近く以外でどうしても遊びに行くというのなら、必ず私が一緒に行くことを条件にしていた。  世間知らずで常識知らず、とても可愛い見た目の冬美である。危ない人達や知識から娘を守るのは私の義務だと、常日頃から思っていたからだ。 ――ど、ど、どういうことよ、冬美!  高校生になった冬美は、大学生くらいの男性とカフェテラスで話をしていた。美味しそうなパンケーキを切り分けながら、ハレンチにもお互いの皿のものを食べっこさせていたりする。茶髪の大学生風の男性は、とてもじゃないが娘に相応しい真っ当な人間には思えなかった。それなのに、冬美はパンケーキの食べあいをしても全然平気なほど、男性に惚れ込んでいるらしい。 ――あああ、私が、私がいなくなったばかりに……!冬美が、危ない男に引っかかってしまっている!お父さんとお母さんは何してるのよ、なんで冬美を見張ってないの!?  自分が死んだ後、娘を引き取ったのは祖父母であるはずだ。彼らは何故この場にいないのか。そして何故、こんなチャラそうな男と可愛い孫娘の交際を許しているのか。  自分なら絶対、騙されている可哀想な娘を強引にでも引き離すというのに――わなわなと手を震わせながら私が近づくと、彼女らの会話が耳に飛び込んでくる。 「正直びっくりした。ルミちゃんから紹介された時は、もっと大人しくて暗い子だったって聞いてたから。高校楽しいみたいだね?どんどん明るくなってたってルミちゃんも喜んでたよ。俺も、今の冬美の方が全然可愛いと思う」 「そ、そうかな?」 「そうだよ。髪型も、短くしたんだね。ちょっとボーイッシュだけど、すごく似合ってる。ソフトボール部頑張ってるんだって?」 「うん!レギュラー入れるように、練習がんばってるところ!」  そうだ、どうして冬美は髪を切ってしまったのか。長い方が女の子らしくて可愛いから、絶対長くしておきなさいと言ってあったのに。どうして母親の、そんな小さな遺言も守ってくれなかったのだろう。そんな短い髪型では、男の子みたいでみっともないではないか。  それでいて、そんな足が出るような短いスカートなど。自分が生きていた時は、制服のスカートを折るのも切るのも絶対許さなかったし、普段着だってひざ下になるスカート以外絶対履かせなかった。そうやって下手な色気を出すから、目の前の男のような頭の軽そうな奴がくっついてきてしまうのではないか!  それに、部活もそう。高校三年間が人生で一番大事な時だ。少しでも頭の良い大学に行くため、部活動になど所属せず塾に毎日行って勉強するようにとあれだけ中学の頃から言い含めてあったのに――。 ――というか、私がおすすめした高校に行かなかったの、この子!?ソフトボール部なんかあるような学校、私リストに入れなかったわよね!?  どんどん、腹の底に黒いものが溜まってくる。自分が死んでから、まさかこの子は自分の言いつけを片っ端から破っているのだろうか。この私が、可愛い娘のために精一杯考えて作った“完璧に幸せになれる方法”だというのに!それを全て無視して、よりにもよってあんな男と付き合うなんて――!
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