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入学式から一ヶ月もたつのに、ずっと空いている席がひとつあった。
「木崎って奴でしょ? 見たことないね」
和佳奈が朝ご飯代わり、とチョコレートをひとつ、口に放り込んで言った。あ、ネイル変えてる。
その空席は和佳奈の前の席で、休み時間のあたしの定位置になりつつあった。
「木崎、健斗だっけ」
「あ! あたし知ってるよ。中学同じだったから」
隣の席の子が話に入ってきた。
その子は、入学式のときは校則通りの恰好をしていたのに、日に日にスカートが短くなって、もうちょっとでパンツが見えそうで、こっちがヒヤヒヤしてしまう。ブレザーとのバランスも悪い。
和佳奈はすごく可愛くてオシャレだから、こういう子によく話し掛けられた。
「成績すっごくいいんだよ。あんまり話したことないけど、」
「ふぅん。病気とかかな」
「分かんない。卒業式も出てたし、具合悪そうな感じしなかったけど。ね、和佳奈ちゃんさ、今日の放課後、一緒に買い物行かない? あたし服欲しくってさ。和佳奈ちゃんセンスいいから、選んでよー」
なんだ、その話をしたかっただけか。
それよりあたしのこと完全に無視してるな、この子。
「あ、ごめーん。今日、彼氏と一緒に帰る約束してるから。また今度ね」
和佳奈の言葉に、その子もあたしもビックリした。
え、彼氏いるの?
うまく言葉が出ないままポカンとしていると、教室のざわめきがやんだ。よっちゃんがきたのかと思って振り返ると、そこに立っていたのは見たことのない男子。
みんなが彼を見ていた。
時間が止まったような空間で、彼だけが動き出す。つかつかと歩いて、あたしの前で立ち止まった。
「どいて」
本日二度目のポカン。まだ朝のホームルームも始まっていないのに。
和佳奈も、新しいネイルを施した指先でチョコレートを摘まんだまま、彼を見上げていた。
「そこ、俺の席だから」
長い前髪とレンズの向こうからのぞく目が、あたしを見下ろしている。
「えっと、もしかして木崎くん?」
慌てて立ち上がるあたしの問い掛けにも答えず、彼は席に着いた。怒っちゃったのかな。
「ごめんね、勝手に座って」
「智彩」
和佳奈があたしの腕を引いて小さく首を横に振った。関わらない方がいいよって言うみたいに。でも――。
「木崎くん、あの」
と、もう一度話し掛けたとき、よっちゃんが入ってきた。
「おー、木崎。やっと来たか。今日はテストだからって脅しがきいたみたいだな」
先生の言葉にはっとした。ヤバ。忘れてた。全然勉強してない!
昨日は、新しく買ったアイシャドウを試すのが楽しすぎてうっかりしてた。
時すでに遅し。その言葉が身に沁みたのは言うまでもない。
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