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「頭いたい」
木崎が眼鏡を外して、目頭を揉んだ。へぇ、こいつ、こんな顔してるんだ。
「えー、大丈夫? 休憩する? それとももう帰ろっか」
「あのな、原因はお前。俺がさっき教えたとこ、ちっともできてねーじゃん」
この夏休み中にあたしが身につけたのは、木崎の小言を聞き流す術だけだ。
ファンデーション、汗で浮いてないかな。じわりじわりとにじむ汗に、あたしはそんなことを考えていた。
なんかマスカラも下がってきてる気がする。鏡を取り出して確かめようとしたら、木崎がにらみつけてくるから、しぶしぶ諦める。
もう、ケチくさいな。
「だいたい、何で俺がお前の補習に付き合わないといけないわけ? しかも、お前と俺が連帯責任とか。あの教師なに考えてんだよ」
いまさらの愚痴を木崎が繰り返す。
「進級が危ないのはそっちでしょ。あたしは成績が悪いだけだもん」
「理不尽だ。最下位のお前が進級できて、トップの俺ができないなんておかしいだろ」
「ルールってやつだよ。大人の世界は単純じゃないからね」
うるせーな、と小さく呟いて、木崎は眼鏡を掛け直した。
あ、残念。眼鏡がないほうがずーっとカッコいいんだけどな。どうせ見なくちゃいけないなら、カッコいいほうがいい。――ま、まあ、あたしの好みじゃないけどね!
あたしは慌てて、心の中で誰にするでもない言い訳をする。
黒いセルフレームの眼鏡とその長い前髪が、顔のほとんどを隠してしまう。
暑苦しくないのかな。もっと短くすればいいのに。うーん、それとも、前髪はアップにしてみるとか? 髪は染めないほうがいいだろうな、黒いほうが似合ってるし……。
「ルールとかえらそうなことを言う前に公式を覚えろ、公式を」
「xとかyを求めてどーすんだろうね、何でもよくない?」
「よくねーんだよ、数学なんだから」
木崎があたしのプリントに「バカ」と書き込む。しかもこっちから読めるように逆さまに書くなんて無駄に器用。ちょっと感心してしまった自分が悔しい。
「あーもう、暑すぎて無理。休憩しよ。三十分。」
「十五分。俺、早く帰りたいし」
「最低、最悪」
あたしの悪態にも軽く肩をすくめただけで、木崎は教室を出ていった。
一人になって、あたしは思いっきり伸びをする。
はー、勉強って肩が凝る。飲み物でも買いに行こうかな。水分補給しないとこのままじゃ干上がってしまう。
自動販売機で紙パックの冷たいミルクティーを買う。これがあたしのお気に入り。
一口飲むと、冷たさと甘さが火照った体に染み渡っていく。
うーん、生き返る!
じぃんと感動さえ覚えていると、あたしの耳に待ちわびた声が飛び込んできた。
「おー、宮嶋じゃん」
背筋を伸ばして。自然な、それでいて最高の笑顔の準備して振り返った。
ああ、メイク直しておけばよかった! それもこれも木崎のせいだ!
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