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「宗方先輩」
あたしの好きな人。
ハーフパンツに袖を肩までまくり上げた白いTシャツ。顔を洗ったのか、濡れた前髪がおでこに貼り付いている。
「どうしたんですか、こんなところで。あ、部活サボってるとか」
「ひでーな。今は休憩中。コートからだとあそこのトイレが一番近いんだよ」
二年生の宗方悠先輩。軟式テニス部に所属している。
くせっ毛でゆるいウェーブがかかった髪型も、くりっと大きい目も最高に可愛い。日に焼けて黒くなった肌のせいで、ちょっとだけチャラく見える。でも、そこもいい。
「聞いたぞ。お前補習なんだって?」
誰だよ、先輩にそんなこと言った奴。見つけ出してボコボコに――あ、いけないいけない。先輩の前でバイオレンスは厳禁。可愛い『智彩ちゃん』じゃなくっちゃ。
「ちょっとサボってたら成績落ちちゃっただけですよ。高校入って楽しくって、つい」
「まー、一年のときはしょうがないよな。俺もそうだったし」
先輩もそうだったなんて、なんだか親近感。これは運命かも!
「でもさ、宮嶋って高校入ってからずいぶん変わったよな。前もっと地味だったろ」
「や、やだなー、先輩。それは秘密ですよ」
「いいじゃん、可愛くなったってことなんだし」
地味だったっていう言葉にダメージを受けて、可愛くなったっていう言葉に有頂天になる。先輩と話していると、なんだか心がジェットコースターに乗ってるみたい。
「いま、あたしも休憩中なんです。勉強ばっかしてるから気分転換したくって」
「お、じゃあ宮嶋にいいこと教えてやるよ。西校舎の理科室前の階段あるだろ。そこの三階の踊り場からさ、非常階段に出られるんだよ」
この高校は二つの校舎があって、二階の渡り廊下で繋がっている。西校舎には特別教室と食堂、東校舎には教室と体育館がある。
ちなみに、いまあたしたちがいるのは自販機が設置された渡り廊下だ。
「でも、非常階段って鍵とかかかってないんですか」
「忘れられてんのか壊れてんのか知らないけど、開いてるんだよな。そこ、校舎の裏側で人目につかないし、割と景色もいいし。気分転換には最適。俺のお気に入りの場所なんだ。同中のよしみで特別に教えてやろう」
内緒な、と言って、人差し指を唇の前に立てる。そんな仕草に、あたしはドキドキしてしまう。
逃しどころのない感情を誤魔化すように、ロイヤルミルクティーのパックを両手で握りしめた。全部飲んでおいてよかった。
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