嘘つき、嘘に溺れる

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 中庭を挟んで、本棟と向かい合うように建っている別校舎がある。その薄暗い階段を登って、二階、一番奥が社会科準備室だ。そしてそこが、桃野史人(もものふみひと)、秀のお気に入りの依存先が占有している部屋だった。ほかの社会科教師は各々、進路指導室や生徒指導室にいるので、社会科準備室は史人だけの空間だ。史人だってなにかしらの係になっているはずだが。  通常の教室の半分以下の狭い部屋のドアを、秀がノックした。 「先生ー」 「どうぞー」  中からの返事。秀は静かにドアを開けた。カビの匂いがする。丸めて壁に立てかけてある馬鹿でかい世界地図のせいだろう。何度も来ているのに、まだ慣れない。 「先生、先生、猫は?」  秀が職員室にあるような机に手をついて、言った。史人は椅子から立ち上がると、嬉しそうに笑った。 「行こうか」  俺たちは三人で準備室から出た。来た道をたどって、校舎を出る。俺の前を歩く秀と史人は楽しそうで、秀が楽しそうなのはこの時だけだから、本気で史人に懐いているんだなと思う。  校舎を出て、その反対側に回る。そこは、職員の駐車場になっている。広いわりに停まっている車は数台しかない。
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