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夏の暁は、酩酊の残り香
倦怠感の中で目を覚ますのに少しずつ慣れてきた朝、俺はゴミ収集のことを思い出して慌てて外に出た。ふたり暮らしとはいえ、生きていればゴミは出るし、料理として調理したはずの食材も時々捨てざるをえなくなるから、生ゴミは毎回出すようにしないと臭いがきつい。
……汗とか他のもので生臭くなった寝室を換気したくて窓を開けようとしたが、ふと頭を掠めたのが、最近この辺りで空き巣が出ているという回覧板だった。
家からゴミ捨て場まではそうかからないが、決して1分2分で往復できるような距離ではない。もしも俺が戻るまでの間に、空き巣か何かが入り込んだら……? きっと起きていたとしても、母には抵抗なんてしようがないだろう。なすすべなく組み敷かれる姿を想像して、胸の痛みと何か別の感情が芽生えてくる。
必死にそれを押し留めてから、窓のサッシに手をかける。やはり換気はしておかないと、目を覚ました母が酒臭いと言って不機嫌になりかねない。決して他意はない……他意はないけれど、ふと思ってしまう。
母は、そうやって入ってきた空き巣に対して、なにか抵抗らしい抵抗をするのだろうか? もちろん、華奢な体つきをしているから、どのみち大した抵抗なんてできないだろうことはわかっている。だけど、そもそも抵抗自体をするのかどうか、それすら、わからなかった。
酒に酔っている母は、たぶん誰が誰だかわからない。だから、ひょっとしたら自分から空き巣にも近寄ってしまうかもしれない。もし、それで何かされたら……? もしも、過度に刺激して、万が一相手が凶器になるものでも持ってしまっていたら……?
「…………、」
もし家を空けている間に、そんなことでも起きてしまっていたら、俺はどうなるのだろう? いくらこんな形になってしまっていても、母は俺にとって唯一の家族だし、母がいない生活なんて考えたこともない、もちろん、いなくなるなんてことも、まだ考えていなかった。
もしそうなったら、俺は…………。
少し迷ったあと、俺は窓を薄く開けてから外に出た。夏のじりじりとした日差しに足を絡め取られてなかなかうまく歩けない中でゴミ出しを終えて家に戻ったとき、母は何事もなく眠ったままで。
薄暗い部屋に差し込む朝日に照らされながら、窓から入る風に舞って埃が雪みたいに光りながら落ちてくるのを見ながら、俺はただその、きっとこの先も変わらないのだろう光景を見つめていた。
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