おかえり

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おかえり

雲ひとつない青空の下。 太陽がてっぺんを通過している正午過ぎ、 わたしは小さな無人の駅に降り立った。 目を閉じ、耳を澄ませながら、 この懐かしい景色を楽しむ。 「よっ!」 習い事終わりのバス停、 部活終わりの校門前、 数キロ先のコンビニまでの散歩、 そして長期休みのたびにつかうこの小さな駅。 いつだって帰り道、隣には彼がいて、 今日と同じセリフで右手をあげて立っていた。 いつものように、彼の自転車の後ろに跨る。 ——あれ、今まで手どうしてたっけ? 今まで何度もしてきたことなのに、 途端に迷いが生じる。 結局この手をどうすればいいかわからず、 バランスを崩さないよう注意しながら、 申し訳程度にサドルの端をつまむことにした。 「ねぇ」 「ん?」 「他にさ、この席...............やっぱなんでもない!」 ——他にこの席座った子、いる? 知りたいのに、 たったそれだけのことすら怖くて 聞くことができない。 知ってしまったら最後、 この関係が崩れてしまいそうで..... 「.........そうか?......ならちゃんとつかまっとけよ」 そう言って大きな手が、わたしの手を彼の前でクロスさせる。 前言撤回。 きっとまだこの席は誰のものにもなっていないだろう。 だって彼は、昔からこと恋愛においては、器用じゃなかったから。 なんとなく、そんな気がした。 彼の背中にそっとカラダを寄せると、 あの頃と変わらない柔軟剤と制汗剤とちょっと汗が混ざった、夏の香りが鼻をかすめた。 Fin.
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