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聞こえるはずはないのに、紬の瞳が揺れた。そして顔が大きくゆがむと、涙が溢れだした。肩をふるわせ、開けた口からは声の代わりに、千切れた魂を吐き出しているみたいな、とてもかすかな嗚咽が聞こえる。こらえようとしているのに涙が目から溢れ出てしまう、そんな紬を初めて見た。
「どうしたの、紬……」
気が付けば、私は紬の方に手を伸ばし、ふらりと足を前に踏み出していた。そして、校門の外の地面に足が付いたとたん、
バンッ!
と、頭の中で破裂音が響き渡り、私は地面に投げ出された。体が動かない。目に映る灰色のアスファルトの上を、ゆっくりと赤い血が広がっていく。
……………………イタイ、ワタシ、シンジャウノカナ? 血ガ。流レチャウ。イタイ。オカアサン、コワイヨ…………………
……ああ、これは……。
この記憶は、私が死んだ時の事故の記憶だ。私が思い出したくなかったもの。
流れ出た血が夕日にてらてらと光っている。
死ぬ間際、最後に見た、私を轢いた車を運転していた人物の顔。
思い出したくなかった。恨んでしまうから。見てしまった。彼が持っている手の中のスマートフォン。きっと、見ながら運転していたに違いなかった。
不公平だ。なぜ、私が? と思う。
染まる。染まっていく。私は透き通っている手を見る。どす黒く、染まっていく。私は悪くないのに、悪いのはあの運転手。私を轢いてほどよく減速した後に、壁に車体をこすり付けて停車した。エアバッグに顔を埋めているけれど、生きている! 生きている! 生きている!
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