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「えっ……? お母さん、私の事分かるの?」と聞いたが、お母さんが私に気が付いていないことはすぐにわかった。視線は手元のシュークリームに向けられていたし、言葉もこぼれ落ちるだけで、私に向けられてはいなかったからだ。
お母さんはシュークリームのセロファンを開くと、隣の席、つまり私の前に置いた。そして自分はマグカップから鴛鴦茶を一口飲んだ。
「あなたは鴛鴦茶、飲まないもんね。シュークリーム、食べてね」
「うん。うん、お母さん……」
思わずシュークリームに手を伸ばすと、シュークリームの幻影のようなモノを手に持っていた。そっと口に運ぶと、甘い、甘い味がした。
「美味しい……。美味しいよ、お母さん。先に死んじゃって、ごめんね」
それは一番伝えたかったことだった。私はお母さんに抱きついた。
お母さんが鴛鴦茶をコクッと音を立てて飲むと、私も一緒に味を感じた。ほんのり甘く、思いのほかさっぱりした味だった。
「美味しいね、お母さん……」「美味しいねえ」お母さんがシュークリームをかじって宙に言う。ただの独り言だ。けれどそれだけで、心が暖まる。
ふいに宙に引っぱられるような引力を感じた。私は浮かべるけれど、それでも自分の意思とは関係なく宙を引っ張られる感覚は怖くて、ギュッと目を瞑ると、生きていた時の記憶が駆け抜けた。私が生まれ、だんだんと育っていく。
イラスト:ハナ様
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